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「 その島では誰からも白い目を向けられることなく、ゲイ同士が公然と手を繋いで歩くことがはじめて許された」。 21世紀ならともかく、これはいまから遡ること数十年前、一歩外に出ればゲイであるだけで虐げられた1970年代の話だ。 いまでも毎年夏の訪れとともに、こんがり肌に鍛え抜かれた肉体の美しい男たちが全米中から集まり戯れる。 70年代のゲイカルチャー興隆からエイズ伝搬暗黒期まで、そのコミュニティの姿をレンズを通し見つめてきた写真家を訪ねにファイアー・アイランドへ。 残りのワインでも飲むかい?」と冷蔵庫を覗く気さくな彼。 1975年から83年の8年間、ファイアー・アイランドにあった自由と真実をカメラに収めた写真家トム・ビアンキ(Tom Bianchi)だ。 ゲイのコミュニティやカルチャー、愛、無邪気な子どものように戯れる筋肉隆々の男たちの姿を記録したポラロイド写真は、2013年出版の写真集『Fire Island Pines(ファイアー・アイランド・パインズ)』としてはじめて世に出た。 弁護士というお堅い職種に就いていた彼は約束された人生を早々と切りあげ、アーティストとして移り住む。 ファイアー・アイランドは、特にゲイのアーティストが多く集う島でもあった。 「ブロードウェイの脚本家、インテリアデザイナー、芸術家、最高峰のアートギャラリーのオーナーたち。 同世代で仲のよかったゲイの写真家ロバート・メイプルソープも島での時を過ごす。 ゲイの肉体と心を許したポラロイド その巨匠、トムが撮った写真を眺めると、まず飛び込んでくるのは、繊細でハンサムな顔とは似つかぬ鍛え抜かれた肉体美だ。 飛行機のような体を美しいと思う。 飛行機は飛べるよう設計されているだろ? それと同じで人間の体は、歩いたりダンスしたり走ったり遊んだりするためにデザインされているんだよ。 人体本来の機能を備え喜びに満ちあふれた体に美学を感じるんだ」。 トムは続ける。 「 ただ、ファイアー・アイランドで写真を撮っていた当時は、美しい体に魅了されていただけ。 写真家になりたいなんて一度だって考えたことはなかったんだけどね」 小さな頃から絵を描くのが好きだったトムは移住当初、コンセプチュアルアーティストとして(ファイアー・アイランドに住むための口実、と笑い飛ばす)、ペインティングや彫刻などの作品を制作していた。 と同時に、 弁護士時代に社内で配られたポライドカメラの元祖「SX-70」で、愛する人や友人などの姿を日常的に収めていた。 「 島民の多くは写真を撮られることにビクビクしていた。 会社の人間に見られることがあるならば、即クビだったから」。 一方で撮ったその場で確認できるポラロイド写真は大活躍、白枠に囲まれた正方形に写る想像以上の自分たちの美しさに、被写体も緊張が溶けた。 連日のパーティーで二日酔い覚めやらぬ午後のプールサイドも、恋人との揉め事で傷心する仲間と肩を抱き合った夕暮れ時のビーチも、素っ裸で泳ぐ海も。 海の向こう側の社会が持つ偏見をよそに、トムの手によって正方形の中に記録されたファイアー・アイランドの日常にはいつも自由と愛が溢れていた。 「 魔法のような世界。 ホロコーストと化したパラダイスといま トムは80年代前半に、撮りためたポラロイド写真を世に露出しようと多くの出版社を訪ね歩いた。 しかし結果は惨敗。 さらに、その頃ファイアー・アイランドに暗雲が立ちこめていた。 エイズだ。 「 当時は本当に悲惨なものだった。 6人で暮らしていたご近所さんも、次の夏にはみんな亡くなっていたり。 当時のファイアー・アイランドはホロコーストのようだった」。 連日のように耳にする訃報。 トム自身、数多くの友人、そして最愛の人を失った。 恐怖と混乱に包まれたゲイの楽園は世紀末のようだったに違いない。 「エイズがやってくる前のコミュニティは怖いもの知らずの子どものようだった。 エイズがこのコミュニティをより強固なものに育てたと思っている」。 事実、現在に至るまでエイズ撲滅イベントや団体などがこの島で生まれ、コミュニティの絆は一層強いものになっている。 長年を知る彼に、この島はどう変わったかを聞く。 「当時といま? 何も変わっちゃいないね。 性別や人種を超えて、すべてを受けとめ抱きしめる。 そんな愛に包まれたスピリットはいまも変わらずしっかりと存在するよ。 あ、でも一つだけ」。 ゲイカルチャーの変容を半世紀にわたって見つめてきた写真家はつけ加えた。 「 この島で、小さな子どもを見る機会が増えたね。 当時では考えられなかったけど、ゲイが子どもを持つ時代になったんだ。 とってもラブリーなことじゃないか」 Interview with Tom Bianchi *** 夫のベンと *** 【編集後記】 今回の取材を快諾してくれたトム。 バケーションでファイアー・アイランドにいるよ、という彼を訪ね取材陣は島に赴いた。 マンハッタンからロングアイランド鉄道で1時間半、そこからバスとフェリーでさらに30分強。 海を渡るとそこにはトムをはじめとするゲイたちの別荘(知られざる優雅な世界だった…)と、8月でも冷たい大西洋が広がっていた。 ニューヨークにいることを忘れさせてくれた、束の間の夏休みだった。

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「ストーンアイランド」オーナーが語る、ストリートで人気のブランドになるまで

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ー ストリートでの人気はどこから? 私たちが意図的に計画したものではなく、向こうからのオファーで実現した「シュプリーム(Supreme)」や「ナイキラボ(NIKELAB)」とのコラボレーションが、新しい世代にブランドを知ってもらう大きなきっかけとなりました。 若いカスタマーに向けた施策は特にしてこなかったのですが、幸運にも彼らの方からアプローチしてくれたというか。 コラボを経て顧客層は拡がりましたが、今でも私たち自身は全く変わっていないですね。 ファッション業界にはサイクルがあり、自分が好きなことを続けていたらいつの日かちょうどトレンドにすっぽりはまるタイミングがあるんだと思います。 様々な企業が五か年計画を作ったりしますが、正直クレイジーだと思っていて。 私は来年何が起こるかすらわからないですよ(笑)。 ー ストリートでの人気を受けて、これまで長くブランドを愛用してきた顧客 の反応は? ブランドから離れていくこともなく、みんなハッピーですよ。 ずっと昔からストーンアイランドを着ていた僕みたいな小太りの年寄り世代も、若い人たちが着ているということで"クール"だという証明になりますから(笑)。 ー 「ストーンアイランド」はロイヤルカスタマーが多い印象です。 熱心な顧客を持つ秘訣は? やっぱり、変わらないこと。 ブランド立ち上げ当初から、私たちは変わっていないんですよ。 その一貫性ある筋が通った姿勢が支持を得ているのかと思います。 過去にはウィメンズを立ち上げる話も出ましたが、断固として拒否して。 最近では若い女性もメンズアイテムを着てくれるようになって、それもとても素敵に着こなしてくれるので見ていて嬉しいですね。 あと、ストーンアイランドを着る人は、一つの同じクラブに所属しているかのような仲間感がある。 コンパスバッジがついた服を着ている男性と道ですれ違ったら、お互いに「おっ」と意識して目があうような。 そういう感覚も上手く働いているのかと思います。 ー 2008年にデザインチーム体制へと移行。 どう変わりましたか? 現在デザインチームには8人所属していて、最年長でも33歳と若いデザイナーばかり。 それぞれ出身国や触れてきたカルチャーが違うので、フィールドジャケットを一つデザインするにしても、英国人とフランス人では出来上がるものが変わってくるんです。 以前よりもインターナショナルで多様的な視点からデザインが生まれるようになったと思います。 ー 立ち上げから36年。 これまでのビジネスを振り返ってみていかがでしょうか? 90年代後半に一度、業績が横ばいした年がありましたが、その年以外は微増だとしてもずっと成長し続けていますね。 特にここ5年はぐっと上がったため、生産が大変です。 いま抱えている最大の課題は、生産数が増える中でクオリティを保ちながらうまく回していくことですね。 ー 約5年前から急激に成長し始めた背景には何がありますか? エディトリアルコンテンツを作ったり、ソーシャルメディアを使うようになりました。 いまはストーリーテリングの時代ですが、その点においてストーンアイランドはテクノロジーや素材に関する36年分のストーリーがあるのは強い。 ブランドのフィルムを作るにしてもアイテムを着た綺麗なモデルの動画ではなく、プロダクトの詳細に焦点を当てた内容にしています。 ー ストーンアイランドにおける今後の展望は? いまの成功をどのようにして続けていくか。 ストーンアイランドはデザイナーや職人など関わる多くの人の本気の仕事が詰め込まれたプロダクトが揃うブランド。 そのためストーリーを語れる場所さえあれば、カスタマーはブランドの魅力を理解してくれるはずだと私自身は非常に楽観的です。 今後も急ぐことなく、スローでも健全なやり方で成長していけたらと考えています。 (聞き手:谷 桃子).

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