逆 ソクラテス ネタバレ。 【ネタバレ無し・感想】伊坂幸太郎/短編小説「逆ソクラテス」大人にも子供にも読んでほしい一冊

最新作は短編集!?伊坂幸太郎「逆ソクラテス」ネタバレなし書評

逆 ソクラテス ネタバレ

】 目次• 著者 伊坂幸太郎 紹介するまでもないので簡単に。 小説家。 宮城県仙台を舞台にした作品が多い。 ある作品の登場人物が他作品にも登場する通称「伊坂ワールド」を展開することで有名です。 概要 「敵は、先入観だよ」 自らの無知を自覚できないが故に人は決めつけ、侮り、慢心する。 自分より弱いものには威張り散らして、相手によって態度を変える。 それに納得いかない子どもたちは、知恵と勇気をふり絞って固定観念に立ち向かう。 子どもが主役の短編5作が収録された伊坂幸太郎の集大成! 印象的なフレーズ 玄関には補強のためなのか、ガムテープが張られ、錆びた自転車が、餓死寸前の驢馬のように横たわっている。 大人びていて風変わりな安斎の家庭が貧しいことを匂わせる一文。 無生物を生物に例えた表現というのはなかなかに斬新である。 ぼろぼろの自転車を死にかけのロバと表現することで、そもそも生き物ではない自転車が「死んでいる」様子を描写している。 卓越した作家は無生物の命までも奪うことができるのか…と驚きを隠せない。 (「ガソリン生活」で、車が生きている世界を描いた筆者ならではの表現と言えるかもしれない。 ) フィクションなら、(中略)悪人がいて、それを主人公が倒して、めでたしめでたし、というのもいいと思う。 ただ、現実は違うだろ 本作のキーパーソンでもある磯憲が教え子たちに持論を語っています。 加害者側の人間も一生幽閉されるわけではなく、いつか社会に戻ってくることを考えると、過度にぞんざいな扱いをするというのも考え物です。 しかし一方で、全員を死刑にしたり、魔法で消したりするわけにはいかないのも事実。 磯憲は、最終的には悪人との接し方はわからないと素直に打ち明け、教え子たちに答えがわかったら教えてくれ、と丸投げします。 先生という立場でありながら、それに慢心しない姿勢はまさに先生の鑑と言えるでしょう。 また、語り手をどことなく頼りない雰囲気の人物にすることで、物語全体が説教臭くならないように配慮する筆者の工夫も伺えます。 まだ斧を持っていたから。 「初代アメリカ大統領ワシントンが桜の木を切ってしまったが、正直に話すと父は怒らなかった。 それはなぜでしょう?」 「ワシントンがまだ手に斧を持っていたから」 というブラックジョークから。 本書に収録されている「逆ワシントン」では、「正直者は報われる」という意味合いで、ワシントンの逸話が引用されています。 一方で、「斧」は「大人の言うことを鵜呑みにするな」「疑うときは疑うんだ」というメッセージも含んでいるのだと思います。 真面目に生きることは大事だが、行き過ぎた正義を前に泣き寝入りする必要はない。 一冊を通じてそんな思いを感じました。 おわりに 本書では、固定観念を言い換えたような言葉がたくさん出てきます。 「教師期待効果」、「呪い」、「重り」などです。 これらを意識しながら読み進めると一層物語を楽しめるのではないかと思います。

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敵は先入観。世界をひっくり返せ!「逆ソクラテス」

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「逆ソクラテス」 先入観で決めつける久留米先生。 それじゃあ育つ心も育たない。 教師の不当な先入観を覆す策を立てる。 カンニングから始まったその作戦は、クラスメイトを巻き込み、思いもよらぬ結末を迎える。 「ソクラテスは自分の不完全さを知っていた、だから久留米はソクラテスの逆だよ」 「スロウではない」 運動音痴の少年が運動会のリレー選手に選ばれてしまう物語。 「どうして運動ができる人間とそうでない人間がいるのでしょうか」ひとまずバトンを繋げられるようにと練習していると、足が速く目立つ女子がやってきて…。 「非オプティマス」 やる気がなさそうな担任の先生。 増長する生徒は授業参観で恥をかかそうと画策するが、先入観を逆手に取った久保先生が変身する。 「アンスポーツマンライク」 最後のミニバス大会。 後一歩のところで負けてしまった仲間たち。 大人になって再会の日。 過去の試合を思い出しつつバスケを始める。 でも戦いは続いているかも…。 「逆ワシントン」 正直であることが大切だと。 桜の木を切ってほめられたワシントン少年の逸話。 ある日先生に頼まれて学校を休んだ同級生の家に届け物をしに行くと、父親の様子が変だ…。

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伊坂幸太郎『逆ソクラテス』の気になる感想をご紹介!

逆 ソクラテス ネタバレ

5つの短編からなる短編集です。 「逆」という言葉は、短編のうちの一つのタイトル。 の有名な言葉として挙げられる「」の反対語の意味とされ、 「先入観で人を評価すること、決めつけること」を指していると思われます。 本書の主人公は子どもたちで、大人たちの先入観にささやかな抵抗をするという短編から始まります。 大きな事件はほとんどなく、大きな伏線も特にありません。 【感想】 帯の雰囲気(「最高の読後感!デビュー20年目の真っ向勝負!」)に引っ張られて読みましたが、痛快なエンターテイメントを期待すると出鼻をくじかれます。 「子どもたちにとってとても重要な事であっても、大人にとっては些末なことにすぎない」といったことはよくあることです。 「子どものときは人生に関わる重大事だと感じていたことも、大人になったら大したことではなかった」というのも同じですね。 本書は、子どもたちを主人公としながら、彼らの未来を書いたページもあり、 子どもと大人の両方の視点から書かれている物語です。 子どもたちの視点で書かれた部分は小さい出来事が多く、なかなかページをめくるペースが進みませんでした。 これは仕方のないことです。 読後も少しモヤモヤ感が残りましたが、 「あとがき」を読んだとき、胸にストンと落ちた気がしました。 そのあとがきを一部引用します。 少年や少女、子供を主人公にする小説を書くのは難しい、と思っていました。 今も思っています。 子供が語り手になれば、その年齢ゆえに使える言葉や表現が減ってしまいますし、こちらにその気がなくとも子供向けの本だと思われる可能性があります。 懐古的な話や教、綺麗事に引き寄せられてしまうのは寂しいですし、かと言って、後味の悪い話にするのもあざとい気がします。 どうしたら自分だからこそ書ける、少年たちの小説になるのか。 自分の中にいる夢想家とリアリスト、そのどちらもがっかりしない物語を、ああだこうだと悩みながら考えた結果、この五つの短編ができあがりました。 (本書 あとがき より引用) そうか、本書は 「バランスを取った」んだなと。 『シーソーモンスター』のような直球の夢想家的なものではなく、 『フーガはユーガ』のように少し後味の悪いものでもないバランスの取れた作品になったということなのかな、と理解しました。 たまにはこういうのもいいかもしれませんね。 と、モラトリアム全開の 『砂漠』が好きな私は思うのでした。 ではでは。 dandee.

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