駿河屋 マルイ シティ 横浜 店。 駿河屋マルイシティ横浜店

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駿河屋 マルイ シティ 横浜 店

, LTD. )は、日本でを中心になどの商業施設を展開する企業の一つである。 (平成19年)、(旧)株式会社丸井が「株式会社」に変更し、「小売事業」、「カード事業」、「小売関連サービス事業」からなるへ移行。 その際に、新たな小売事業会社(新)「株式会社丸井」が設立された。 中野マルイ(2012年9月撮影) 会員であり、、といった都心部の鉄道駅至近を中心に店舗を展開している。 家具のをルーツに持ち、戦後はとして「500円で5,000円のお買い物! 」の宣伝文句の下に家具や家電といったの割賦販売により事業を拡大、(昭和35年)1月に日本で初めて「クレジット」という名称を使用した「」を発行した。 (昭和56年)2月には「丸井のキャッシング」という名称を使用した「事業」も開始した。 頃より若年層をターゲットにした・ファッション中心の小売業態に転換し、ブームからは形態の店舗を展開した。 このため、店舗によっては、競合関係にあると類似した売場となっている。 いわゆるに似た店舗運営であるが、会員でないことや、デパートの代表的な売場であると呼ばれるような食品売場を展開していない店舗が多いこと、自らも明確に百貨店という表現を用いていないことなどから、百貨店ではないとの見方をされることも多い。 なお、会社概要では小売事業としており、百貨店事業とする他の百貨店とは異なる。 また、では、デパートではなくファッションビルとしてカテゴリ分けされていた。 小売事業ではファッションを軸に、家具・雑貨・メガネ・宝石など、多くの商品を自前主義で展開してきた。 小売事業には、や、、事業も含まれる。 若者をターゲットにした事業展開を行ってきたことから、では大きな若年層シェアを獲得している。 ファッションのイメージが強い丸井であるが、経営上は同等、あるいはそれ以上に金融業を重視している。 元々月賦百貨店のため割賦販売のノウハウを蓄積し、小売と金融を一体とした事業を長く行っている。 店舗においては自社カードによる分割払いを勧め、単に衣服を売る利益でなく、分割手数料を得ることができ、さらにカード会員によるキャッシングなどの事業からも収益をあげている。 これにより流行や気候に左右されるアパレル販売だけでなく、カード・金融事業から安定した利益を稼ぎ出すことに成功している。 現在は「」としてグループのカード事業は持ち株会社への移行に伴い、株式会社丸井とは分けられている。 かつては「 駅のソバの丸井」「 赤いカードの丸井」のキャッチコピーのもと、駅前一等地に次々と出店することでブランド認知度を高め、かつてのDCブランドブームに乗って若年層を取り込んだ。 店舗形態は、丸井、マルイシティ、マルイファミリー、などがある()。 本社は創業地である。 北口の本社ビル、南口にグループ各社、マルイグループユニオン、マルイグループ福祉会、丸井健保組合などがある。 社名の由来は、出身の創業者・が月賦商の「丸二商会」から暖簾分けして新しい店を構え、店名を「丸井」としたものだという。 当時は「丸」に自分の名前や姓を加えると繁盛するというジンクスがあった。 なお、にある百貨店のとの関係はない。 年表 [ ]• (昭和6年) - が「丸二商会」からのれん分けで独立・創業。 家具の割賦販売を行った。 (昭和10年) - 称号を「丸井」に変更。 (昭和12年) - 資本金5万円で丸井を設立。 (昭和16年) - 重要産業団体令施行により戦時商業統制の対象となり全店閉鎖。 (昭和21年) - 重要産業団体令廃止、創業者が丸井の店舗を復活させる。 (昭和23年)• - 丸井西荻窪店開店。 - 丸井新宿駅前店開店。 (昭和24年) - 丸井下北沢店(旧)開店。 (昭和25年) - 丸井新宿三光町店開店。 (昭和26年) - 丸井創業20周年。 (昭和27年)• - 丸井池袋店(旧)開店。 - 丸井立川店(立川南口店)開店。 (昭和31年) - 丸井高円寺店開店。 (昭和32年) - 丸井西小山店開店。 (昭和33年)• - 丸井新宿西口店開店。 - 丸井渋谷店(旧)開店。 (昭和34年) - 丸井広告事業社設立。 (昭和35年)• - 丸井三鷹店開店。 - 丸井新井薬師店開店。 - 丸井吉祥寺店(旧)開店。 (昭和38年) - 市場第2部。 (昭和35年) - 日本で最初にクレジットカードという名称を使用したカードが登場。 (昭和36年)• - 丸井創業30周年。 - 丸井豊田店開店。 - 丸井所沢店(旧)開店。 (昭和37年)• - 丸井新宿駅前店閉店。 - 丸井新宿店開店。 - 丸井成増店開店。 (昭和38年)• - 丸井吉祥寺北口店開店。 - 丸井荏原店開店。 - 丸井浦和店開店。 キャッチコピーは『丸井浦和店 きょう10時開店』『丸井のクレジット・チェーン21番目の〈丸井浦和店〉が浦和駅西口前に誕生! - 丸井玉電大橋店開店。 (昭和39年)• - 丸井池袋西口店(旧)開店。 - 丸井柏店(旧)開店。 - 丸井新宿西口店閉店。 - 丸井千葉店開店。 (昭和40年) - 市場第1部。 (昭和40年)• - 丸井横浜伊勢佐木町店開店。 (昭和41年)• - 丸井吉祥寺北口店閉店。 - 丸井横須賀店(旧)開店。 - 丸井新井薬師店閉店。 - 丸井自由が丘店開店。 - 丸井沼津店開店。 キャッチコピーは『丸井沼津店 9月25日開店』• (昭和42年)• - 丸井土浦店開店。 - 丸井新宿三光町店が「丸井新宿家具電化センター」に店名変更し、新開店。 - 丸井宇都宮店開店。 (昭和43年)• - 丸井所沢店(新)、全館開店。 - 丸井小田原店開店。 - 丸井前橋店開店。 - 丸井西小山店閉店。 - 丸井下北沢店(新)、全館開店。 キャッチコピーは『いよいよ! 8月25日OPEN』『新しく明るく 2倍ワイドで誕生! - 丸井蒲田店開店。 - 丸井西荻窪店閉店。 (昭和44年)• - 丸井清水店開店。 キャッチコピーは『丸井清水店 2月22日開店 清水の皆さま どうぞよろしく』『あす10時…いよいよ清水駅前に開店です! - 丸井玉電大橋店閉店。 - 丸井厚木店開店。 - 丸井静岡店開店。 - 丸井沼津店、全館開店。 キャッチコピーは『ぐ~んと広く 2倍ワイドで新開店! - 丸井浦和店、全館開店。 - 丸井成増店、全館開店。 - 丸井荏原店閉店。 (昭和45年)• - 『ファッションとインテリアの出逢う店』というキャッピコピーが誕生。 - 丸井熊谷店開店。 - 丸井千葉店、全館開店。 - 丸井立川店(丸井立川ショッピングビル)開店。 キャッチコピーは『ファッションとインテリアの出逢う店-ヤングタチカワに誕生! - 丸井池袋東口店、丸井川越店(旧)開店。 - 丸井中野本店(丸井中野ショッピングビル)B館が開店。 - 丸井水戸店(丸井水戸ショッピングビル)開店。 キャッチコピーは『はじめまして…! 』『Mito はじめまして』『美しくなるミト駅前! みんなが出逢うミト駅前! 7月25日の朝10時オープン! - 『さわるショッピング大賛成! 』というキャッチコピーが誕生。 - 丸井土浦店(丸井土浦ショッピングビル)全館新開店。 キャッチコピーは『丸井土浦ショッピングビル あす10月10日体育の日 全館新開店! 〉が新しく誕生! - 丸井立川南口店、丸井高円寺店、丸井三鷹店、丸井豊田店閉店。 (昭和46年)• - 丸井八王子店(丸井八王子ショッピングビル)開店。 キャッチコピーは『行きも帰りも駅のソバ! 若い街の若い店! - 丸井創業40周年。 - 丸井渋谷店(丸井渋谷ショッピングビル)(新)、全館開店。 キャッチコピーは『3倍ワイド わぃわぃオープン! (昭和47年)• - 『愛情はつらつ《われら夫婦、クレジットエイジ。 》』というキャッチコピーが誕生。 - 丸井中野本店(丸井中野ショッピングビル)、【ファッションのA館】【インテリアのB館】の2館体制で全館開店。 『マルイ屋上公園』(A館屋上)、『マルイボウル』(A館6階・7階)、『味の食堂街』(A館5階)、『丸井海外旅行センター』(A館1階)、『ピーコックストア』(A館地階)も同時OPEN!! - 丸井宇都宮店(丸井宇都宮ショッピングビル)、【ファッションの本館】【インテリアの新館】の2館体制で全館開店。 キャッチコピーは『2倍ワイド!! 3階でつながりました』• - 丸井川口店開店。 キャッチコピーは『こんにちわ川口 駅のソバです 丸井です』• - 丸井自由が丘店、【A館】【B館】の2館体制で全館開店。 9月 - 「クレジットメンバーズ」制度を発足。 それと同時に、クレジットカード「丸井クレジットメンバーズ」が登場。 電話番号も"0101"に。 (昭和48年)• - 『マルイはみんな駅のソバ 電話はみんなマルイ・マルイ』というキャッチコピーが誕生。 - 丸井新宿家具家電センター(旧・丸井新宿三光町店)閉店。 - 丸井川越店(新)、全館開店。 キャッチコピーは『川越のマルイ 8月25日 土 はつらつオープン』• - 丸井柏店(新)、全館開店。 キャッチコピーは『柏のマルイ あす29日 土 はつらつオープン』• (昭和49年)• - 『円を大切に・・・クレジット。 』というキャッチコピーが誕生。 - 丸井ニュー新宿店開店。 既存の丸井新宿店(のちの丸井ヤング新宿店)との2店体制になる。 キャッチコピーは『新宿大通り、新しいマルイ。 』『クレジットのマルイです。 伊勢丹まえのマルイです。 - 丸井浜松店開店。 キャッチコピーは『こんにちわ浜松、クレジットのマルイです。 』『静岡のマルイが4店になります。 どうぞよろしく、駅のソバ。 』『クレジットで評判、浜松のマルイです。 』『静岡のマルイが4店になりました。 どうぞよろしく、駅のソバ。 - 丸井船橋店開店。 - 丸井厚木店全館開店。 キャッチコピーは『新しい船橋と厚木のマルイです。 どうぞよろしく。 (昭和50年)• - 『マルイ・マルイの丸井です』というキャッチコピーが誕生。 - 丸井清水店、全館開店。 - 丸井小田原店【(新)駅前広場の新しいお店】・ヤングマルイ小田原【お城通りのファッションのお店】、2館同時開店• - 丸井横須賀店(新)、全館開店。 キャッチコピーは『横須賀中央大通りに新しくオープン!! - クレジットカード「赤いカード(初代)」が登場。 既存の「丸井クレジットメンバーズ」も引き続き利用が可能だった。 - 丸井郡山店開店。 キャッチコピーは『丸光さん、西友さん、丸井もみんな駅のソバ。 』『お買物はクレジットでどうぞ。 郡山の丸井です。 (昭和51年)• - 『和気あいあい。 』というキャッチコピーが誕生。 - 丸井横須賀店【ファッションとインテリアの店《本館》】【電器とレジャーの店《別館》】、2店同時開店。 - 丸井渋谷店【ファッション本館】【インテリア新館】 、2館同時開店。 キャッチコピーは『クレジットして帰ろう。 公園通り。 (昭和52年)• 77年のテーマ。 もっと会おうよ。 話そうよ。 』というキャッチコピーが誕生。 - 丸井池袋東口店閉店。 - 丸井ニュー池袋西口店開店。 キャッチコピーは『池袋西口、上機嫌。 』『半日遊びにきませんか。 丸井でいちばん大きなお店です。 - 丸井ニュー新宿店・丸井ヤング新宿店に加えて、丸井インテリア館(丸井ニュー新宿店の隣)が開店し、3店体制になる。 キャッチコピーは『新宿大通り、丸井が3店。 - 『赤いカードで123(ワン、ツー、スリー。 )』というキャッチコピーが誕生。 (昭和53年)• - 『いま多感期 丸井は赤いカードでクレジット。 』というキャッチコピーが誕生。 - 丸井津田沼店開店。 キャッチコピーは『津田沼にぎやか 赤いカードの丸井津田沼店 2月23日(木)開店 どうぞよろしく』• - 丸井所沢店全館開店。 キャッチコピーは『より大きく、より美しく2倍になって。 あした8月26日(土)丸井所沢店[全館]開店』『ファッションからインテリアまで、いいもの、素敵なものがいっぱい。 - 丸井ニュー吉祥寺店開店。 キャッチコピーは『井の頭公園まえの丸井です。 (昭和54年)• - 『ひとりよりふたり。 』というキャッチコピーが誕生。 - 丸井藤沢店開店。 キャッチコピーは『見慣れた街がいま新しい-藤沢。 』『丸井藤沢店。 けさ10時30分開店。 』『藤沢駅北口 旧さいか屋さんあとに開店します。 (昭和55年)• - 『好きだから、あげる。 』というキャッチコピーが誕生。 - 丸井横浜店【馬車道館】開店。 キャッチコピーは『ヨコハマ・馬車道・クレジット』『ここから始まる散歩道、レンガ通りの丸井です。 - 丸井町田店開店。 キャッチコピーは『クレジットで力をつけましょう。 (昭和56年)• - 『人生OIOI(マルイ・マルイ)』というキャッチコピーが誕生。 に「丸井のキャッシング」という名称で「事業」を開始。 - 丸井創業50周年。 - 丸井横浜店【馬車道ファッション館】【伊勢佐木インテリア館】、2館同時開店。 キャッチコピーは『馬車道・伊勢佐木・クレジット』• (昭和57年)• - 『したいこと、いっぱい。 赤いカード。 もらって、うれしい。 赤いカード。 』というキャッチコピーが誕生。 - 丸井下北沢店が「丸井新宿店下北沢館」に店名変更。 - 丸井大宮店開店。 キャッチコピーは『大宮・西口・クレジット』• - 丸井新宿店下北沢館(旧・丸井下北沢店)閉店。 (昭和58年)• - 『好きで、いっしょで。 』というキャッチコピーが誕生。 - 丸井所沢店、【ファッション館】【インテリア・スポーツ館】の2館体制で全館開店。 - 丸井成増店閉店。 - 丸井錦糸町店開店。 キャッチコピーは『これから、錦糸町。 (昭和59年)• - 『(わ)をかけて 今年もあれこれ。 赤いカード。 』というキャッチコピーが誕生。 - 丸井新宿店、【ヤング館】【テクノ館】【スポーツ館】【インテリア館】【ファッション館】の5館体制になる。 キャッチコピーは『こいつは春から五つマル。 (昭和60年)• - 丸井浦和店が「丸井大宮店浦和館」に店名変更。 - 丸井渋谷店【本館】【ヤング館】、2館同時開店。 キャッチコピーは『思い通り、公園通り。 丸井の前に丸井です。 - 丸井川口店【本館】【インテリア・電器館】、2館同時開店。 キャッチコピーは『いったり、きたりの丸井です。 - 丸井船橋店閉店。 - 丸井上野店開店。 キャッチコピーは『東京上野、エキ祭ティング。 』『こんどの丸井はキャベツもあります。 - 丸井大宮店浦和館(旧・丸井浦和店)閉店。 (昭和61年)• - 丸井浜松店新開店。 - 丸井所沢店新開店。 - 丸井池袋西口店新開店。 - 丸井津田沼店新開店。 - 丸井新宿メンズ館新開店。 - 丸井町田店新開店。 - 丸井前橋店閉店。 - 丸井大宮店新開店。 - 丸井藤沢店新開店。 - 丸井水戸店新開店。 - 丸井錦糸町店新開店。 - 丸井戸塚店開店。 キャッチコピーは『と・つ・か、ビギニング』• (昭和62年)• - 丸井宇都宮店閉店。 - 丸井千葉店閉店。 (昭和63年)• - 丸井川崎店開店。 キャッチコピーは『人咲き、街咲き、Kawasaki』• - 丸井熊谷店閉店。 (平成元年)• - 丸井国分寺店開店。 キャッチコピーは『駅の 上の 街。 - 丸井大井町店【女とインテリアの館】【男と電器の館】、2館同時開店。 キャッチコピーは『ふたりのために、ふたつです。 (平成2年) - との合弁で、設立。 (平成3年) - 丸井創業60周年。 (平成12年) - 内「ららぽーと3」(後の南館)に専門店4店を出店。 グループ外の商業施設への初出店となる。 (平成13年) - 丸井創業70周年。 (平成15年) - グループ一体化の大再編を敢行。 (平成17年) - にヴァージン・メガストアーズ・ジャパンの全株式を約12億円で売却、株式会社と店長級社員の派遣等による衣料部門の支援に係る業務提携。 (平成18年)9月 - 「マルイウェブチャネル」開設。 (平成19年)• - 株式会社(の持株会社)と資本・業務提携。 - 小売事業を株式会社丸井に新設分割し、株式会社丸井グループに商号変更し、純粋持株会社へ移行。 (平成22年) - 株式会社と事業における業務提携について合意。 同年、「」内に、オフィシャルショップ「マルイ楽天市場店」開設。 (平成23年)• - 丸井創業80周年。 - 水戸店・柏店VAT館(現:柏マルイ)に()の影響が発生。 柏店VAT館は3月31日まで休業(近接する柏店マルイ館は営業していた)、水戸店は4月14日まで休業。 (平成29年) - 株式会社、KDDIコマースフォワード株式会社が運営する「Wowma! 」に、ブランドファッション専門売場「Wowma! Brand Square」開設。 (平成31年) - 株式会社が運営していたショッピングモール「」事業を、丸井による運営へ統合。 (令和2年)• - に伴い、翌より全店舗休業することを発表。 - 前述の通り、新型コロナウイルス感染症の流行により休業していた京都マルイが閉店した。 店舗展開 [ ] (、「MARUI」マーク採用例の1つ) 概略 [ ] 店舗展開としては長らく関東圏に限ってきたが、近年では関東圏を脱し全国展開を視野に入れている。 とに店舗をもつ(ここにを加えた範囲を丸井は「関東圏」と位置づけ、長らくこの範囲で店舗展開を行ってきた)。 東京では中野本店が2007年に一旦閉店し、(平成23年)に中野マルイとして再オープンした(詳細はを参照)。 また、(平成19年)には、前にオープンした新複合商業施設「」の中核店舗としてマルイが新規開店している。 ただし、の店舗は2018年(平成20年)の水戸店の閉店をもって、撤退。 では(平成20年)に福島県の丸井郡山店を閉鎖後、にて自社ブランドのテナント出店やアウトレットストアを展開している。 へは、丸井本体としてではなく「インザルーム名古屋」として(平成19年)に・へ進出したが、(平成21年)に閉店した。 またにテナント「スタジオゼロワン」を運営していたが、こちらも2009年9月に撤退している。 ただし近鉄パッセでは2011年(平成23年)より毎年夏季に「マルイの水着」ショップが期間限定で出店されている(2011年はにも出店していた)。 また2017年(平成29年)にはの内に新業態のテナント「ラクチンきれいシューズ Fit Studio」をオープンしている。 においては・()のほか、(平成18年)には・()、さらに(平成23年)には・(旧阪急百貨店跡地)でも新店舗()を開業している。 ただし、京都マルイはに閉鎖し、に閉店した。 へは4月21日にの博多郵便局跡地に建設された商業施設「KITTE博多」のメインテナントとして初進出した。 また、福岡市への出店に際し「九州でほかにやへの出店も検討していることを明らかにした」と毎日新聞が報じている。 丸井には、駅前出店を基本とした多店舗化戦略を取っているイメージがあるが、その一方で新規大型店の開店に伴う小規模店舗の統合など、積極的なスクラップ・アンド・ビルド戦略を展開している。 ただし、新店舗の開設を伴わない単純な不採算店舗の閉鎖も数多く行なわれている。 また米国の百貨店チェーンの様に開発、化、自社編集売り場などに力を入れ、旧来型のからの脱却を図っているほか、また従来の画一的な展開から、「商圏に適したきめ細かい展開」に切り替えている。 「商圏に適したきめ細かい展開」は店舗デザインにも及ぶ。 現在多くの店舗の外観は 「OIOI」マークを使用している。 これは古くからある店舗に現在も残る、丸の右下が切れた形の 「CICI」マークのブラッシュアップと言える(「CICI」マークの店舗においても、店内掲示物などには「OIOI」マークを使用するケースも目立ってきている)。 また、関東・静岡地区で1990年代に開業・改築した店舗の一部には 「MARUI」マークが用いられているところもある。 これは当時、エリアごとの店舗展開を模索し始めており、その際のイメージのひとつが形になったものである。 なおその後、「MARUI」マークを採用した店舗もリニューアルなどを機に「OIOI」マークへ変更するケースもあり、ブランドの再統一へ方向転換した模様である。 なお、京阪神の3店舗では「OIOI」マークに「(地名)MARUI」が併記されている。 既存店舗とは別の道を模索する動きも見られ、その一環として(平成19年)5月に宅配大手のと資本・業務提携を結び、在庫の調達管理から新たな通販ビジネス開拓への方針展開を目指す方針であると発表された。 一方、(平成15年)改正や、(平成17年)の影響によるグループの業績悪化を受けて、小売事業の方針を順次転換した。 具体的には、顧客ターゲットを若年層から全世代に拡大し、ファッション等の商品に代表されるモノ消費中心の売場展開を減少させ、飲食等の体験に代表されるコト消費をターゲットにした売場展開の割合を増加させること等である。 同じくSC・定借化運営であるモディの多店化も併せて、売上より利益重視へ収益構造の転換を進めている。 個別売場、テナント• 長らくファッションを中心とした消化仕入方式による百貨店型の店舗運営をとり、収益についてもテナントの売上高に左右される形態であった。 しかし、モノ消費からコト消費へのニーズの変化や、安定的な収益確保をにらみ、SC・定借化による不動産型の店舗運営へ転換を進めている。 テナントの内容についても顧客を交えた会議の実施等に基づき、低層階に食品・飲食のテナントを配置するなど、ファッション中心の店舗構成からライフスタイル中心の店舗構成へ移行している。 かつては丸井としての売場が、専門館以外の店舗に存在した。 2018年現在は、北千住マルイ・国分寺マルイ・マルイファミリー溝口・マルイファミリー志木の4店舗にがテナントとして出店している。 それ以外の店舗は、近辺にやや(LABI)などの大型が出店しているなどの理由により、直営による電化製品売場は存在しない。 少なくとも、昭和40年代後半から60年ごろにかけて、東京都心部の一部や地方の狭小店舗、また専門館を除いた全店舗最上階には、森永フードサービス(現:株式会社、当時は子会社)運営による「 森永レストラン」が併設されていた。 その後昭和60年代に入り、順次森永レストランは閉鎖され、2014年現在では森永レストランが併設されている丸井店舗は存在しない。 出店形態 [ ]• 丸井(マルイ)- 一般型店舗。 なお、前述の通り古くからある店舗においても、改装や改築を経て店舗名称をカタカナ表記へ変更する例がある。 マルイシティ(OICITY)- 都市型店舗。 かつては(現在は本館、アネックスに改称)(現在は上野マルイ)、(現在は池袋マルイ)および(現在は)にも存在した。 マルイファミリー(OI FAMILY) - 郊外型を意識。 食料品も扱う。 溝口、海老名、志木の各店舗。 まるい食遊館 - 食料品専門店。 国分寺、北千住、溝口などのマルイ店舗に入居しているが、これ以外にもに出店している。 かつては上野店(現・上野マルイ、現在は北野エースが出店)と錦糸町店(現・)の2店舗にも入っていた。 - エンクローズド(共同店舗型)。 丸井の他の店舗業態から転換し、専門店テナントを基本に展開する。 までは、による運営であったが、4月1日より丸井の運営へ統合された。 詳細は「」を参照 過去 [ ]• マルイジャム - ファッション激戦区・の立地に対応したレディス専門店。 現在は渋谷マルイへ変更。 マルイミニ - 一般・小規模店舗。 現在は店舗なし。 in The Room(インザルーム) - 専門店。 現在は単独店舗は存在せず、また2013年3月10日を以てテナント形態のショップも全店舗営業を終了した。 FIELD(フィールド) - スポーツ用品専門店。 新宿店スポーツ館のリニューアルに伴い新たに作られた形態。 後に池袋店スポーツ館もこの名称にリニューアルした。 VAT - ティーンズ世代のファッション専門店。 マルイのとも言われていた。 かつては柏店の2つある建物のうちの1つがVATであったが、現在は店舗なし。 マルイザッカ - ファッション雑貨専門店。 現在は店舗なし。 マルイヤング - ヤングファッション専門店。 マルイビィ- 一般。 町田の跡地に開設された「丸井町田店B館」である。 (平成18年)9月にとなり、名称は消滅。 新宿マルイの出店形態 [ ] 新宿マルイは2018年現在、以下の形態で店舗展開を行っている。 いずれも正式名称には「新宿マルイ」が付されており、(平成21年)に「新宿21. 1世紀」のコンセプトを掲げた大幅な店舗再編によって、現在の形態となっている。 本館 - 4月24日オープン。 「サード・プレイス」というテーマを掲げ、女性をターゲットにしたライフスタイル店舗としてオープン。 雑貨やサロン、カフェ・スイーツの他、屋上庭園「Q-COURT」を揃える。 アネックス - 2009年9月18日リニューアルオープン(名称のみ4月24日より変更)。 アネックスは英語で「別館」を意味する。 リニューアル当初は、社会人男性をターゲットとしたライフスタイル店舗として、メンズを中心にレディースやキッズ、雑貨やホビーなどを展開。 その後、外国人観光客をターゲットとした物販ショップや、アニメ・サブカルチャーを取り扱う店舗が入居している。 リニューアル以前より、8階のレストランと9-13階の映画館「」が入居している。 メン - 2009年9月18日リニューアルオープン(名称のみ4月24日より変更)。 メンズ専門店。 屋上にはイベントスペースがあり、定期的にアイドル等のイベントが行われる。 なお、かつては上記3店舗のほかに、同じくに以下の2店舗もオープンまたはリニューアルオープンしたが、その後閉店している。 カレン - 2009年2月27日オープン。 2012年3月25日閉店。 「」をテーマとしたレディース専門店。 店内にはやも出店していた。 店舗名称のカレンとは、英語で「最新の」などを表す「Current」と、日本語の「可憐 Karen 」の2つの意味がある。 ワン - 2009年2月20日オープン。 2013年9月25日閉店。 個性派ファッションの揃うレディース専門店。 若手の発掘・育成を掲げた。 丸井の本店は中野にあったが、(平成19年)に一時閉店。 その後、(平成23年)1月に再開店して本社も中野にあるが、新宿3丁目(前)の沿いに(平成21年)に完成した「新宿マルイ本館」店舗を売場面積から勘案して旗艦店と見做すことが出来ると思われる。 新宿には丸井が入居するビルが6棟存在し、積極的にスクラップ・アンド・ビルドを行うため、これまでたびたび店舗(出店形態)の移動があった。 出店形態ごとの立地の変遷 [ ] 新宿3-1-20に所在していたマルイシティ新宿2(2007年)• 「フィールド」跡地)に分割して移転し、それぞれ、「マルイシティ1」、「マルイシティ2」と改称した。 旧「マルイシティ」跡地には、2009年4月24日に新宿地区の新たな旗艦店「新宿マルイ本館」が開店した。 フィールド (平成4年)9月に、伊勢丹東側の明治通り沿い(現在の)に開店した「フィールド」((昭和59年)4月開店のスポーツ館が前身)は、1998年9月に新宿5丁目交差点前の「マルイメン」の裏に移転した後、(平成16年)に新宿3丁目交差点前の旧・マルイザッカ館跡地に移転し、さらにその後「マルイヤング」の地下に移転した。 マルイワン 旧・フィールド跡地に1998年9月にできた「マルイワン」は、(平成17年)3月に「マルイヤング」の5-9階に移転した。 ヴァージン・メガストアーズとの合弁出資により展開していた「ヴァージンメガストア」は、当初マルイシティ地下1階に(平成2年)に開店した後、京王新宿追分ビルに移転。 その後経営不振で2004年1月に閉店、2005年には株式も売却され丸井の関連会社ではなくなった。 (平成21年)は「新宿21. 1世紀。 」のコンセプトを掲げ、全店舗改装・リニューアルを行い、新たに「新宿マルイ」の総称が入れられた。 まず2月20日にマルイシティ-2を「新宿マルイワン」へ、2月27日にマルイヤングを「新宿マルイカレン」へ、それぞれ一新した。 また前述の通り4月24日には新宿マルイの新たな旗艦店舗になる「新宿マルイ本館」がオープンした。 その他の既存店舗も順次改装を行っており、インザルーム新宿本店は4月24日にリニューアルが完了し、またマルイシティ-1・マルイメンが初夏から秋にかけて、それぞれ「新宿マルイアネックス」「新宿マルイメン」にリニューアルされた。 ただし店舗名称はマルイ本館オープンと同日にいち早く変更された。 なお、フィールドはマルイメン8階に移転したほか、女性向けランニング用品ショップをマルイ本館5階に、さらに9月からはアウトドア用品ショップをマルイアネックス7階に展開する。 またマルイカレンは新宿3-17の路地にも別館がある。 の南側にある駐車場の裏だが、"OIOI"の看板とドアノブが見えるのですぐに見つかる。 「新宿マルイ」に刷新後も店舗再編が行われており、インザルーム新宿本店は(平成22年)2月28日に、新宿マルイカレンは(平成24年)3月25日に、それぞれ閉店している。 なお、マルイカレンは閉店後も引き続き丸井が「丸井新宿東口ビル」としてビル管理を続けていたが、2016年9月末約130億円で 売却した。 2012年6月よりいくつかのテナントが入居しているが、2018年現在も営業を継続している。 また(平成25年)秋にも再編が行われ、マルイワンがマルイアネックスと統合する形で閉店した(マルイワンで営業していたテナントの多くがマルイアネックスに移転した)。 これにより、アネックスにもレディース用品売場が新設されたほか、本館にメンズ用品売場も新設されている。 立地ごとの出店形態の変遷 [ ]• 新宿3-30-16(現在の「新宿マルイ本館」の場所。 新宿5-16-4(新宿5丁目交差点前の現在の「新宿マルイメン」の場所。 新宿5-16-8にインテリア館B館を建設した際、A館との間に連絡通路(3階・7階)を設けた。 インテリア館B館では家電製品などを扱った。 新宿3-1-20 (新宿3丁目交差点前のかつての「新宿マルイワン」の場所。 新宿3-1-13 (新宿4丁目交差点前のかつての「インザルーム新宿本店」の場所。 京王新宿追分ビル。 現在のコメ兵の場所(建物自体はが管理する賃貸ビル。 新宿3-1-26 (映画会館跡地。 現在の「新宿マルイアネックス」の場所。 新宿マルイ本館(3-18-1 ) (平成21年)4月24日、初代マルイシティ新宿跡地に新築オープン。 新宿マルイアネックス(旧・マルイシティ新宿-1) 2009年4月24日に店舗名のみ先行変更し、9月18日にリニューアルオープン。 8Fにレストラン街OIOI The Dish。 (平成25年)10月5日に旧マルイワンにて営業していた多くのテナントが移転入居した。 渋谷区 にあったその他店舗については、、を参照。 渋谷マルイ(1-22-6 ) (昭和33年)10月「丸井渋谷店」として開業。 その後「丸井渋谷店ファッション館」となり、「丸井渋谷店ヤング館」にリニューアルされ、の改装後、「マルイジャム渋谷」となる。 4月24日、改装終了と共に「渋谷マルイ」に改称。 売場面積4,240m 2。 取扱高115億円(2017年度、ただし渋谷モディとの合算)。 豊島区• 池袋マルイ(旧・マルイシティ池袋)(1-16-3 ) (昭和52年)2月に「丸井ニュー池袋西口店」として開業。 売場面積12,170m 2。 取扱高56億円(2017年度)。 1970年-1976年頃の池袋には、「丸井ニュー池袋西口店」が開業する以前に、旧「丸井池袋西口店」(東武百貨店の前。 )と共に、「丸井池袋東口店」(1970年2月開店、1977年1月閉店。 西武百貨店の並び。 )と、池袋《西口》《東口》に丸井の店舗があった。 「丸井池袋東口店」が存在した場所は、南池袋の「びっくりガード」付近。 足立区• 北千住マルイ(I番館内) 当初はの出店計画があったが断念し、との競願の末、丸井が出店した。 売場面積35,300m 2は丸井全店舗の中で最も広く、取扱高も373億円(2017年度)と最も高い。 まるい食遊館が入居。 2Fに"KITCHEN GARDEN 350"(イートインスペースを備えた食品専門店ゾーン)。 10Fにレストラン街"千寿万彩"(せんじゅまんさい)。 台東区• 上野マルイ(旧・マルイシティ上野) 京成上野ビル・中村ビル内。 から譲渡を受け、8月24日「丸井上野店」として開業。 売場面積16,390m 2。 取扱高127億円(2017年度)。 旧京成百貨店だった名残で生鮮食品の取り扱いが開店からあり(今は取り扱いなし)、オープン時のコピーが「こんどのマルイはキャベツもあります」。 B1Fに"Food Select"(飲食テナントのほか食料品専門店が配置され、北千住の"KITCHEN GARDEN 350"に一部類似している)。 9FにOIOI The Dish(レストラン街)。 墨田区• 錦糸町店(3-9-10 ) 錦糸堀車庫跡地。 (昭和58年)9月開業。 (平成29年)6月、B1階にがオープン。 1Fに"味の本所小路"(北千住の"KITCHEN GARDEN 350"に類似したゾーン)。 7Fに"錦糸町ダイニング 0141"(レストラン街)。 売場面積22,990m 2。 取扱高122億円(2017年度)。 千代田区• 有楽町マルイ(内) 8月末に大井町店閉店後の入れ替えにより2007年10月12日開業。 売場面積18,500m 2。 取扱高216億円(2017年度)。 中野区• 中野マルイ - の項も参照 (平成19年)に閉店した丸井中野本店を、旧A館部分のみに規模縮小の上で建て替え、(平成23年)に再オープン。 (同ビルは丸井グループ本社別館を兼ねており、本社も近隣に所在)。 売場面積4,950m 2。 取扱高55億円(2017年度)。 B1Fにがテナントとして入居しているほか、5Fに街を構える。 武蔵野市• 売場面積11,950m 2。 取扱高53億円(2017年度)。 国分寺市• まるい食遊館が入居。 売場面積14,300m 2。 取扱高121億円(2017年度)。 町田市• 町田マルイ (昭和55年)9月開業。 売場面積7,550m 2。 取扱高153億円(2017年度、ただし町田モディとの合算)。 神奈川県 [ ]• マルイシティ横浜(2-19-12 、のキーテナント) (平成8年)9月開業 )売場面積16,770m 2。 取扱高82億円(2017年度)。 売場面積32,260m 2。 取扱高211億円(2017年度)。 マルイファミリー海老名(1-6-1、内) (平成14年)4月開業。 まるい食遊館が入居。 売場面積19,500m 2。 取扱高88億円(2017年度)。 埼玉県 [ ]• 大宮マルイ(23 ) (昭和57年)9月開業。 大宮店と同居。 売場面積13,970m 2。 取扱高67億円(2017年度)。 (平成21年)4月25日リニューアル。 売場面積16,530m 2。 取扱高45億円(2017年度)。 マルイファミリー志木(5261 ) による東口再開発ビル「」の大半を賃借して出店。 2000年(平成12年)2月開業。 まるい食遊館が入居。 売場面積18,900m 2。 取扱高110億円(2017年度)。 千葉県 [ ]• (平成28年)4月28日に旧「柏VAT」をリニューアルし、「柏マルイ」としてリニューアルオープン。 これまでの丸井柏店にはなかった食料品売り場「Kashiwa Roots Table」が2階に設けられる(北千住の"KITCHEN GARDEN 350"に類似したゾーン)。 売場面積8,220m 2。 取扱高67億円(2017年度、ただし柏モディとの合算)。 これまでに以下のような経緯をたどっている。 (昭和39年):「日本屋ビル」(現在は東口駅前広場の一部・建物は現存せず)に「丸井柏店」をオープン• (昭和48年):その後柏駅の再開発により、「丸井柏店」を現在の「柏マルイ」が営業しているビルに移転• (平成8年)2月:二番街商店街付近に新たに建設された店舗(南口徒歩1分程度の二番街商店街内の、オープン当時は柏店(現:柏駅前店)に隣接する位置)に「マルイ館」をオープン。 この建物は、縦看板や入口などに、草加マルイや水戸店などで使用の「MARUI」ロゴを使用していた。 これに伴い、現在「柏マルイ」として営業しているビルについては、専門店の「ファースト館」として営業した後、「柏VAT」としてリニューアルされ、丸井柏店は2館体制となった。 前述のとおり、「柏VAT」は若者向けの商品に特化しており、かつてはVATで商品を買うとついてくる、通称「VAT袋」を持つことが、周辺の中高生の流行でもあり、1つの特徴でもあった。 (平成28年)4月20日:「マルイ館」(二番街商店街付近の建物)を一時閉鎖。 2館体制から単独店舗となる。 2016年(平成28年)4月28日:「柏VAT」を、「柏マルイ」にリニューアル(このリニューアル工事に伴い、「柏VAT」の大方のテナントは2016年2月までに閉店。 3月から「柏マルイ」リニューアルまでは、「柏マルイ」以降も営業を継続する店舗だけで、規模を縮小した営業であった)。 2016年(平成28年)10月27日:旧「マルイ館」(二番街商店街付近の建物)をリニューアルし「柏」として開業。 静岡県 [ ]• かつてB館として営業されていた一部に6階建ての店舗として開業。 売場面積7,920m 2。 取扱高31億円(2017年度、ただし静岡モディとの合算)。 (平成6年)2月、旧館裏手に新築されたA館が、また(平成7年)2月 、旧館に隣接する敷地にB館がそれぞれ完成。 旧館を一旦営業休止し解体。 その後旧館部分を建て替え、既に完成していた部分と合体させ「新・B館(愛称:けやきプラザ)」が完成しグランドオープン。 のち現在に至る。 完成当時は新ロゴのひとつとして「MARUI」を採用(ほぼ同時期に移設開店した水戸店・柏店、新規開店した草加店も同様)。 またA館とB館の間の道を「けやき通り」と命名、A館建設と同時に街路整備を行うなど、周辺と一体化した整備を行った。 2016年、B館を一時閉鎖の上、同年11月19日に「静岡」としてリニューアル。 同時にA館を「静岡マルイ」として単独店舗化。 なお、これに合わせて店舗外観のロゴも「MARUI」から「OIOI」マークへと、一部を除き変更されている(2016年11月時点)。 大阪府 [ ]• なんばマルイ 郡山店(2008年2月29日撮影)• 郡山店(駅前1-6-10 ) (50年)開店 - (平成20年)閉店 、売場面積 約8,800m 2。 「郡山駅前共同ビル」のキーテナントとして入居。 開店以来、 東北唯一かつ丸井北限店舗としての強みにより、(現:)やとともに前の集客力を県内外から牽引していた。 ビジネスホテルの入居希望を拒否してまで地権者は商業施設に拘っていたとされているが [ ]、2008年の閉店から解体される2013年まで空きビル状態が続いた。 郡山駅前近辺では郡山店やの跡地ビルも空きビルとなり、またの真正面に位置したため、郡山駅前の中心市街地活性化において大きな課題となっていた。 しかし、(平成23年)3月のにより建物が大規模半壊となり、地権者側の解体要請と、国や郡山市の震災復旧の支援を受けて、までに解体。 跡地には、「」や飲食店、地元金融機関の支店などが入る複合ビル が建設された。 閉店した以降も1階において、ビルのテナントである呉服店が引き続き営業していたが、丸井側が退去を命じたこともあり、法廷闘争に発展。 その後、和解が成立し撤退した。 また、撤退店舗では唯一側壁看板のロゴが現行の"OIOI"だった(他は屋上看板含め旧ロゴの"CICI"等。 茨城県 [ ] 水戸店(2010年3月撮影)• 土浦店(4-1 ) (昭和42年)3月開業。 本館、きもの館。 (平成15年)閉店。 現在はカラオケ、居酒屋、パチンコ店などが入居。 『ぷらっと』になった。 1988年当時の旧店舗の売り場面積は、4,629m 2。 旧店舗解体後、跡地は現在「水戸ノースフロントビル」として、水戸駅北口店などが営業。 (平成5年)2月に、 北口再開発ビル「MYM」に移転開業した。 丸井は、「MYM」の2階以上に入居。 1階・地下1階は別テナントが入る専門店街となっている。 (平成23年)4月15日に、6階にがオープン(本来は2011年3月オープン予定だったが、前述の水戸店震災被害によりオープンが遅れた)。 ピーク時には156億円を売り上げた年もあったが、2016年度は24億円まで落ち込んだ。 また、2010年代に入りや水戸()などの開業も重なり苦戦し、2018年9月17日をもって閉店。 撤退後は共有部分を取得したによりオフィスと商業施設の複合施設としてリニューアルする としていたが、2019年2月に 共有部分の所有権がに譲渡された。 このため、施設の一部内容を見直して2019年秋にリニューアルされる予定。 栃木県 [ ]• 宇都宮店(2-29 ) (昭和42年)9月、池上町の駅前大通り沿い「」1-3階に開店。 1972年6月に道路を挟んだ南側の「丸井物産池上ビル」との2館体制となる(3階部分の連絡通路で接続)。 (昭和62年)7月25日、「売場のさらなる拡大は困難」として撤退した。 閉店後、中村第一ビルのフロアは地場のが専門店「EFF」として1987年11月に開店したが、10年の契約期間を満了せず7年で閉店。 上階にあった映画館も2007年に休館し、現在はフロア毎のテナントビルとなっている。 群馬県 [ ]• 前橋店(2-11-8 ) 1968年(昭和43年)4月開店。 1986年(昭和61年)7月閉店。 メガネ館、きもの館。 なお現在本館は隣接している前橋店新館。 熊谷店(筑波2-102 ) (昭和45年)2月開業。 熊谷駅北口ロータリー直結(バス3番のりば前)だった。 (昭和63年)12月の閉店後も建物はそのままで1階にてゼロファーストを営業していたが、2002年にゼロファーストと1店舗分のテナントを擁する平屋建てに建て直した(携帯ショップが開業したが短期間で閉店し、空きテナントのままとなっていた)。 ゼロファースト撤退に伴い、地元企業により8階建てのテナントビルに建て直された(2009年)。 川越店 (昭和45年)2月開業。 1973年8月に駅前に移転して、新店舗が全館開業。 2007年にとしてリニューアルオープン。 川越モディは1月31日閉店。 4階 アニメグッズ/献血ルーム)と5階(ビューティ/リラクゼーション)については同年2月以降もそのまま営業を継続する。 所沢店(A館(埼玉県所沢市日吉町10-21)、B館(埼玉県所沢市日吉町10-22)) (昭和36年)11月開業。 丸井初の「クレジットカード」が登場直後の(昭和36年)に開店した丸井の古参店舗。 衣料品の他家具(B館)・食器(B館)・家電製品(B館)等も扱い、旧系列の(B館)や森永レストラン(B館)も入居。 丸井が創業以来取り扱ってきた商品は一通り備え、埼玉県内の中心店舗であった。 また旧大井町店のようにかつてはA館を「女の館」、B館を「男の館」として営業していた時期もある。 テナントとして芳林堂書店所沢店(B館)があり、森永レストラン撤退後も閉店まで別のレストラン(B館)が営業していた。 A館、B館は渡り廊下で繋がっていた。 2007年に閉店。 同時にヴァージン・メガストア所沢店、芳林堂書店所沢店、レストランも閉店した。 しばらく建物は未利用のまま閉鎖され、が再開店を要請していたが、(平成19年)12月、丸井傘下のが管理する賃貸ビル「リ・クリエ所沢」(A館、B館)に業態変更した。 A館には所沢支店、が入居。 B館にはガーデン所沢店(後に店名をメガガーデン所沢と改称)、東急リバブル、所沢店((平成26年)7月に退店。 その後ホットヨガスタジオカルド所沢が入居)、Beautissimo tokorozawa()、、安心ダイヤル所沢中央センターが入居した。 (平成20年)5月1日、A館に所沢直営店が新規入居。 同年7月1日にはA館に所沢校、(平成23年)7月にはA館に西武電設工業株式会社()本社・所沢事業所が入居。 (平成24年)7月14日にはA館に居酒屋一休所沢店が開店した。 A館、B館とも空きスペースが残っており、現在もテナントを募集している。 閉店時以降A館プロペ通り側は閉鎖され、一部で未改装状態のまま衣料品・インテリアなどの臨時店舗の営業が行われていたが、(平成28年)8月31日、所沢プロペ通り店が開店した。 セブン-イレブン以外のスペースはその後も閉鎖されている。 地下駐車場は閉鎖。 丸井営業時より入居している武蔵野建設株式会社(B館)(建築工事・不動産取引)は引き続き営業している。 A館、B館とも建物は丸井の所有であるが地権者は複数いる。 芳林堂書店はビル店(所沢ステーションビル。 直営)も営業しており、所沢店閉店後も所沢駅ビル店は存続していたが、(平成28年)2月26日、芳林堂書店が倒産。 芳林堂書店の事業はに譲渡された。 (平成29年)12月、所沢ステーションビルの店舗営業終了と新駅ビルへの改築が決定。 これに伴い芳林堂所沢駅ビル店も(平成30年)2月22日に閉店となった。 大宮店浦和館(旧・浦和店) 西口交番そばにあり、(昭和38年)9月28日に開店し、(昭和60年)12月に閉店した。 閉店後は洋服の浦和店となったが(平成13年)4月に閉店。 同年10月にプレバブ建てで「浦和駅西口総合館」がオープンしたが、(平成20年)4月に再開発事業に伴う立ち退きを理由に閉店した。 現在は駐車場になっている。 川口店(3-1-16 ) (昭和47年)8月開業。 1972年8月末に本館が開店、1985年5月末にインテリア・電器館が開店。 後者が先に閉店した。 千葉県 [ ]• 千葉店 (昭和39年)9月開店、(昭和62年)閉店。 売場面積 約2,600m 2。 現在はなどが入居する雑居ビル。 最寄り駅は 初代 京成千葉駅(現:)だった。 船橋店(1-6-3 ) (昭和49年)開店、(昭和60年)閉店。 売場面積 約5,700m 2。 閉店後もビルは「丸井船橋ショッピングビル」として丸井が所有し、を経て、現在は全国でも最大規模 敷地面積2000坪 のギガ船橋店。 津田沼店(1-3-1 ) (昭和53年)開店、(平成19年)2月12日閉店。 売場面積 8,796m 2。 最寄り駅は で、が所有する津田沼14番街ビル(新京成第6ビル)に入居していた。 現在は。 中野区 丸井中野本店(2006年12月撮影)• 中野本店(A館・B館)(3-34-27 ) (平成19年)8月26日閉店、建物を一旦取り壊して跡地に本社関連施設を建設予定であったが、地元の陳情を受け、店舗と本社機能オフィスの複合ビル建設に計画を変更 し、上記の「中野マルイ」として(平成23年)に営業を再開した。 中野店も休業扱いだったが、中野マルイ開業時に「 中野マルイ」として営業再開。 売場は「良眼工房byOIOI」として中野5丁目・内に一時移転し、中野マルイ内に再移転。 旧B館跡地にはマンションが建設されたため、旧A館跡地のみでの営業となる。 1960年(昭和35年)4月開店、1966年(昭和41年)7月閉店。 豊島区• フィールド池袋店(旧・丸井池袋スポーツ館) 閉店後はマルイシティ池袋の5階に入居していた(その後閉店)。 元の場所は池袋西口店に。 インザルーム池袋 (平成19年)8月19日インザルーム新宿本店(当時)に統合、閉店。 ゼロファースト 窓口となり、製ATMは販売機に取って代わられた。 池袋東口店 (昭和45年)2月28日開店。 (昭和52年)1月31日閉店。 板橋区• 店 成増名店街ビルにテナントとして入居していた。 丸井退店後ビルは建て替えられとなっている。 1962年10月13日開店、1983年6月閉店。 新宿区• フィールド新宿店(初代。 現店舗とは違う場所にあった) フィールド閉店後「マルイワン新宿」となるが、「マルイワン新宿」はマルイヤング新宿内5階-8階に移転。 外装はそのままに「」となる。 マルイシティ新宿(3-30-16 ) 2009年4月24日、新宿マルイアネックスに改称、同年9月18日に内装完成しリニューアルオープン。 新宿マルイワン(旧・マルイシティ新宿-2)(3-5-6 ) 新宿マルイワンとしてリニューアルオープン。 (平成25年)9月25日を以てマルイアネックスと統合する形で閉店。 マルイヤング新宿、マルイワン新宿(マルイヤング内5階-8階) 新宿マルイカレンとしてリニューアルオープン(その後は後述)。 マルイワン新宿は新宿マルイワンとして、マルイシティ新宿-2跡に移転。 ゼロファースト 「高田馬場駅前出張所」とともに撤退。 現在は「」に。 インザルーム新宿本店(3-1-20 ) 1月に閉店した新宿店の建物に開店。 (平成22年)2月28日閉店。 跡地にが出店。 閉店後は丸井がビル管理者となる「丸井新宿東口ビル」としていたが、2016年9月末で約130億円で 売却した。 なお、丸井新宿東口ビルに出店している テナントについては、基本的に当面は営業を継続する方針だという。 マルイカレン別館(中野ビル1階) を取り扱っていた。 2009年11月にリニューアル。 マルイカレン閉館と同日に撤退し、STUSSYのショップ自体は新宿3-23のLABI新宿東口館の隣のビルに(平成24年)4月21日に移転オープン。 新宿駅前店 新宿進出1号店。 1948年(昭和23年)9月開店。 1962年(昭和37年)9月、新宿店(後のマルイカレン)開店時に統合閉店。 新宿西口店 新宿進出3号店。 1958年(昭和33年)4月開店。 新宿店(後のマルイカレン)開店時から2年後の1964年(昭和39年)7月、統合閉店。 新宿三光町店 新宿進出2号店。 1973年(昭和48年)5月閉店。 中野輸送新宿配送センターを経て、新宿インテリア館A館・B館として再度店舗化。 渋谷区• マルイヤング渋谷(1-22-6 ) マルイジャムに名称変更の後、シティ渋谷が渋谷モディにリニューアルするのにあわせ、渋谷マルイに名称変更。 マルイワン(旧・インザルーム渋谷店)(1-21-3 ) 現在は改装されニトリ。 ニトリの旗艦店が出店となっている。 マルイシティ渋谷 開業、当時は小規模店舗で「丸井渋谷店インテリア館」だったが、のリニューアルとともに増床開店をし、「丸井渋谷店本館」となり、の改装後、「マルイシティ渋谷」となる。 4月19日を以て一時閉店となり、同年11月19日に渋谷としてリニューアルオープン。 詳細は「」を参照 目黒区• インザルーム自由が丘 (旧・自由が丘店 )(2-11-12 ) (昭和30年)11月開業。 2棟ある建物のうち1棟はとして利用されているが、もう1棟は現在、日能研自由が丘校となっている。 店 玉電の大橋電停前にあった。 現在は目黒大橋店となっている。 1963年(昭和38年)10月開店、1969年(昭和44年)7月閉店。 杉並区• 店 創業当時から存在した店舗。 主にを扱った。 1956年11月開店。 (昭和45年)12月頃、中野本店に統合、閉店。 西荻窪店 1948年(昭和23年)4月開店。 1968年(昭和43年)12月、閉店。 世田谷区• 下北沢店(2-15-14 ) 下北沢店として開店、末期は新宿店の分館(「丸井新宿店下北沢館」)。 閉店後はマルイアウトレットストア「下北沢オルタネイトキングダム Altern8Kingdom 、「J-CREW」下北沢店などを経て「final index下北沢」として営業していたが、(平成20年)9月28日に閉店。 1949年(昭和24年)9月開店。 1968年(昭和43年)8月末、全館新開店。 1982年(昭和57年)2月、「丸井新宿店下北沢館」に店名変更。 1982年(昭和57年)12月閉店。 品川区• 大井町店(5-201 ) 有楽町マルイ開店に伴い(平成19年)閉店。 「男の館」と「女の館」の二棟に分かれ、渡り廊下で結ばれていた。 閉店以前から店舗を縮小して営業しており、「女の館」一階はテナントとして丸井大井町店が入居していた。 丸井は閉店したが西友は大井町店に改称し営業を続けている。 丸井に代わって両棟ともの都市型店舗「LABI品川大井町」となった。 旧「男の館」が「 住まいる家電館」、旧「女の館」が「 AV・デジタル館」となっている。 西小山店 1957年(昭和32年)3月開店、1968年(昭和43年)7月閉店。 荏原店 1963年(昭和38年)6月開店、1969年(昭和44年)12月閉店。 大田区• 店(7-3-3 ) (昭和43年)9月開業。 1989年、大井町店開店に伴う移転閉店。 蒲田東急プラザアネックスを経て改装され、現在は、JR蒲田駅前店。 武蔵野市• 吉祥寺北口店 スクラップアンドビルド第1号となった小型店。 1963年(昭和38年)2月開店、1966年(昭和41年)1月閉店。 無印良品館(旧丸井キャンバス吉祥寺) から1月までヤングカジュアルなレディースブランドなどを取り扱った丸井キャンバス吉祥寺店で、、1997年2月に改装オープンとともにを取り扱った丸井オリジナル専門店無印良品館がオープンしたが、9月のリニューアルオープンに伴い本館の6階に無印良品が移転をし、現在は吉祥寺駅前店となる。 三鷹市• 三鷹店 1960年(昭和35年)3月開店、1970年(昭和45年)12月閉店。 立川市• マルイミニ立川(旧・立川店)(2-7-17 ) (平成19年)8月12日閉店。 その後、としてリニューアルオープンをしたが、2012年5月27日をもって閉店をした。 そのあとの2012年8月30日にがオープンをし、新・立川ロフトとなったが5月下旬に閉店。 2019年9月に100円ショップや薬局のやなどの入った雑居ビルとなる。 日野市• 豊田店 1961年(昭和36年)10月開店、1970年(昭和45年)12月閉店。 八王子市• 八王子店(A館、B館)(2-5 ) (平成16年)1月12日閉店。 スポーツクラブやパチンコ・、などの娯楽関連ビル「八王子ツインタワー」A館・B館に改装。 町田市• マルイビィ町田(6-2-6 ) としてリニューアルオープン。 神奈川県 [ ] 川崎店(2007年5月撮影)• 横浜関内店 横浜店馬車道館、館。 後者が先に閉館。 馬車道館はマンションに建て替え。 イセザキ館は改装され、が運営するに。 7階・8階には、(平成13年)1月から2007年3月末まで、が入居していた。 1965年に横浜伊勢佐木町店を出店。 その後1980年にを挟んで向かい側に馬車道館が開店し2館体制となる。 伊勢佐木町店はヤング館を経て後にイセザキ館に改称。 1990年代末にイセザキ館閉館後馬車道館単独での営業となったが2000年に閉館、馬車道館の近くに有った丸井の駐車場も閉鎖・解体された。 戸塚店(戸塚町10 ) (昭和61年)11月1日開業 (ビル名称:1)。 (平成18年)9月閉店。 「まるい食遊館」、レストラン街は営業継続、それ以外のフロアは、としてリニューアルオープン。 横須賀館 1966年(昭和41年)2月25日、千日通沿いに後の別館が開店。 1〜3階が丸井、4〜7階は2スクリーンの映画館や軽飲食店が入居していた。 映画館は後に5スクリーンまで増設されている。 (昭和50年)5月、中央大通り沿いに本館が開店。 現在はともに雑居ビルとして利用されている。 藤沢店 (昭和54年)9月20日開業。 2006年(平成18年)2月28日閉店。 藤沢店旧店舗に出店。 跡地は、2006年(平成18年)8月4日に藤沢店が開業。 地下1階には、地元の要望で食料品専門店・さいか屋「藤沢マーケット店」が開店。 藤沢マーケット店は1993年(平成5年)11月にディスカウント業態のさいか屋「ザ・マーケット藤沢駅前店」となった後 、丸井閉店後の2006年(平成18年)3月20日まで営業していた。 厚木店(2-4-13 ) (昭和44年)8月開業。 1974年(昭和49年)10月、全館開業。 閉店後、建物は改装されになるも、(平成14年)に閉鎖。 居酒屋などが入居する雑居ビルに。 小田原店 (昭和43年)3月開業。 2002年(平成14年)3月閉店。 後者が先に閉鎖。 VOX館は居酒屋などが入居する雑居ビルに。 川崎店(1-11 ) (昭和63年)3月開業。 (平成30年)1月14日閉店。 と共にのキーテナント(当初はとのキーテナントであったが、2003年8月閉店)。 売上高45億円(2015年度)。 静岡県 [ ] 静岡地区の店舗は全店昭和40年代に開店しており、丸井の店舗の中でも古参であった。 1990年代に入り一気に店舗の淘汰が行われたが、そのうち浜松店及び清水店の閉鎖は静岡店に経営資源を集中(前述のスクラップ・アンド・ビルド戦略の一環)するためであったとも言われている。 沼津店(86 ) (昭和41年)9月開業。 (平成16年)5月閉店。 建物老朽化と採算を理由に閉鎖。 建物は解体済。 跡地はホテルに。 (平成13年)1月閉店。 「静岡店清水館」を経て閉鎖。 建物は改装されを経て、2016年に建物解体。 跡地は旧浜松店同様に結婚式場となる予定(2017年2月時点)。 清水店の11km西に位置する静岡店は(大店法)を根拠とする出店調整から増床が不可能であった。 当時の静岡市は出店調整に大きく影響を及ぼす商業活動調整協議会(商調協)の勢力が強く、大型店が出店しにくい地域であった。 清水店は売場面積の小さい静岡店の別館的存在でもあったと言われており、静岡店で取り扱えなかった商品は清水店で扱っていた。 大店法廃止とともに商調協が解散した後は、清水店で扱っていた商品の大半が増床した静岡店へ移され、清水店は規模を大幅に縮小(6階建ての建物のうち、売り場を1階・2階のみとし3階以上は閉鎖)して「静岡店清水館」となった。 その後(平成13年)1月に完全に閉店した。 浜松店(()220-6 ) (昭和49年)8月開店、建物老朽化と採算を理由に(平成6年)7月閉店、店舗面積は8111m 2。 建物は解体済。 跡地に建設されたビルには低層階に(後にに業態変換)が入居、三階以上はビル管理会社が運営する有料駐車場という構成となった。 2009年3月にエイデンが撤退。 現在その跡地にはが入居している。 浜松店の建物には、当時丸井の店舗では初となる展望エレベーターが設置されていた。 愛知県 [ ] 詳細は「」を参照 実現しなかった店舗 [ ]• 高槻店 準備室のみ存在。 JR前の再開発ビル(現在の)に出店予定であったが、その後出店を辞退。 かつての丸井の店舗網拡大の経緯 [ ] かつては同業の(現・)との「出店競争」があり、関東圏から東北方面へ店舗網の拡大を目論んでいた時期があった。 その際「東北進出の足がかり」として、郡山店を開店させた。 また緑屋が当時進出していなかった東海道方面(静岡県)へは、緑屋進出前に先手を打つという考えから沼津、清水、静岡、浜松の順で4店舗を時期をおいて開店させたという経緯があったといわれている。 そのうち静岡店においては、「商業活動調整協議会」 の力がたいへん強かったことから、店舗面積にも大変厳しい注文がつけられた。 結果として極めて狭小な店舗での出店を余儀なくされ、隣接する清水店(当時の清水市ではここまで過激な反応はなく、むしろ出店を大歓迎されたとも言われている)を増床し、静岡店で扱えない商品を清水店や後に開店する浜松店(こちらも静岡店と違いかなり余裕のある床面積であったといわれている)にて展開していたという。 しかし、東海道線エリアでは戸塚・藤沢・小田原といった神奈川県内の店舗を含んで、浜松、清水、沼津は既になく、東北エリア唯一の店舗であった郡山店も閉鎖するなど、かつての店舗拡大も大きく軌道修正が図られている。 このほか、首都圏都市部以外の出店として、熊谷、前橋といった高崎線エリアや、宇都宮などの栃木エリアにも進出の実績があるが、すべて閉鎖されている。 現在では本拠の首都圏において、南関東のターミナルを中心とした店舗展開を行い、同時に首都圏を脱しへ進出、また一時期は関連事業を名古屋においても展開するなど、での店舗展開も進めるという「2つの流れ」を見て取れる。 POSシステム [ ]• は、製を使用。 ネット通販 [ ]• マルイウェブチャネル 2006年9月開設。 自社運営のECサイト。 マルイ楽天市場店 2010年12月17日開設。 Wowma! Brand Square 2017年2月20日開設。 自社ブランド・外部出店 [ ] 丸井が展開している自社プライベートブランド及びショップは下記の通りである。 ビサルノ(VISARUNO, メンズビジネス)• アールユー(ru, レディス)• マルイモデル(OI MODEL, 旧:ヤングL、大きいサイズ専門レディス)• ヴェリココ(velicoco,レディス靴)• レッドシューズ(Red shoes, レディス靴)• フォードットウォッチ(4 DOT WATCH CO. , 時計)• 良眼工房(メガネ)• まるい食遊館(食品)• フィネステリア(Finesteria, メンズギフト・デイリーグッズ) など。 かつて展開していたブランド・ショップ [ ]• タスタス(tasse tasse, レディス)• インザルーム(in The Room, インテリア)• オンボード(on board, メンズカジュアル)• ナルーカ(Nalu:ca, サーフ)• シャンデリーク(chandelique, アクセサリー)• フォーハートジュエリー(Four Heart jewelry, アクセサリー)• アイスクエア オプティーク(OPTIQUE, メガネ)• ジュール アン ジュール(jour en jour, アクセサリー)• ココニー(coconie, ファッション雑貨)• ウェルト(W・E・L・T, 紳士靴)• クロスドロワー(Cross Drawer, 複合専門店) 外部専門店 [ ] 2000年のへの出店を皮切りに、自社ブランドの専門店を丸井やだけではなく、グループ外のなどのにおいてテナントとして出店したり、単独店舗で出店したりするケースがある。 テナントにおいても出店や業態変更、あるいは撤退を頻繁に行っている。 中でも、に展開していたテナント5店舗は2009年8月までに全て撤退したほか、初の出店であったららぽーとTOKYO-BAYのテナントも、業態変更等を経て2019年に撤退した。 南関東エリア [ ]• - マルイのシューズ• - マルイのシューズ• 柏モディ - ザッカセレクトバイマルイ• 戸塚モディ - まるい食遊館、ザッカセレクトバイマルイ 仙台エリア [ ]• 2 - マルイのシューズ 東海エリア [ ]• - ラクチンきれいシューズ Fit Studio 九州エリア [ ]• - マルイのシューズ アウトレットストア [ ] 自社ブランドを特別価格で提供する「 マルイアウトレットストア」も各地で展開している。 マルイアウトレットストア - 、 閉店したアウトレットストア• final index下北沢(旧・丸井新宿店下北沢館。 ロゴの「a」と「d」はそれぞれ「OI」と「oI」で表され、「OIOI」ロゴと掛けている。 2008年9月28日閉店)• マルイアウトレットストア ((平成22年)2月21日閉店)、、、• VISARUNO・RU OIOI ((平成22年)9月20日閉店)、(閉店時期不明)、、• Red shoes tokyo OIOI ((平成22年)9月26日閉店)• マルイのシューズ アウトレット - 丸井のクレジットカード [ ] 日本初の「クレジット」 [ ] 丸井を語る上で欠かせないのが、「 赤いカード(初代)・1975年発行)」の存在である。 丸井はもともと(による月賦払いを中心とする小売店)であった。 (昭和35年)に日本で初めて「クレジット」という名称を用い、アメリカから機器を輸入し「クレジット・カード」「クレジット・プレート」の発行を開始した。 これは今日のクレジットカードと同一のものではなく、上顧客への月賦払いの完済証明書のようなもので、完済すると発行され、次回の買い物時に回収された。 したがってこのクレジットカードは、「クレジットカード」の名称は使用しているが、機能的にはクレジットカードではなかった。 このカード、プレートは、販路拡大にも貢献した。 ちなみに同じ1960年末に日本が設立され、1961年からJCBとほぼ同時期に本格的なクレジットカードを発行を開始している。 丸井では1972年9月の「クレジットメンバーズ」制度発足と同時に、クレジットカード『丸井クレジットメンバーズ』の発行を開始。 1975年9月に『丸井クレジットメンバーズ』に替わる、丸井の新しいクレジットカード『赤いカード(初代)』の発行を開始している。 『赤いカード(初代)』発行開始当時の1975年~1976年頃は、既存の『丸井クレジットメンバーズ』も引き続き利用出来た。 当時は口座振込みによる返済のシステムもなく、支払い方法は丸井の店頭で直接支払うか、集金員に直接支払うシステムのみであった。 この集金=「回収」作業において、支払い延滞者への督促行為が時にまがいの強引な手法となることがあった。 当然、現在であれば大きな問題となりうるものであるが、当時はまだ「返せないならむしり取るのが当たり前」という解釈の下そういった行為が許されていた時代でもあった。 振込みによる返済が一般的になった現在でも、のクレジットカード同様に、店頭のカードカウンターへ出向いての返済が可能である。 ハウスカードから国際ブランドへ [ ] 長らく丸井グループと丸井店舗周辺の加盟店のみ扱えるの立場を固持してきたが、1990年代初頭に及びと提携・一体化した「 エムワンカード」( M1カード)を発行する。 世界中のVISAまたはJCB加盟店で利用できるようになったが、その分リスクが大きくなることから入会審査が厳しくなり、また支払回数の制限などもあり、あまり発行されずに終息した。 (平成6年)にハウスカードの名称を「 マルイカード」に変更したが、(平成12年)に元の「 赤いカード」に戻した。 (平成13年)にとの提携によって、赤いカードとセゾンカードを合体した『 赤いカード《セゾン》』を発行開始した。 このカードはというの一種で、利用加盟店が赤いカードの加盟店か、セゾン及び付加国際ブランド(VISA・Master・JCB)の加盟店かによって、請求が丸井からの分とセゾンからの分に分かれて来るものであり、さらに支払方法や請求サイクルも全く別であるなど、悪い意味で「一枚二役」のカードであった。 (平成16年)10月にはカード事業を分社化し連結子会社の株式会社マルイカードを設立し、のスペシャルライセンシーを取得。 (平成18年)3月に長年に亘って親しまれた「赤いカード」に代わり、社内公募によって決定された「 エポスカード」 EPOS CARD を新ブランド名として採用。 ハウスカードから脱し、VISA付帯で汎用性を高めたICクレジットカードへと衣替えした。 同時に社名も株式会社へ変更されている。 キャッシング [ ] 1981年に赤いカードでキャッシングサービスが開始。 現在ほとんどの「赤いカード」・「エポスカード」で枠が設定されており(未成年者はショッピング専用カードとして発行)、上限に迫る高利のキャッシング収益で長い間本業の(分社化した現在は連結)収益の一大部分を占めている。 丸井のカードは店舗従業員の達成のため、無職者や学生、低所得者層でも店頭で容易に発行されてキャッシングに使えることから、借り逃げなどの貸倒件数・金額によってはその年の業績にマイナス影響を与えるものとなり、「 小売店の顔をした消費者金融」と呼ばれることもしばしばある。 実際に、グレーゾーン金利撤廃以前のクレジット・消費者ローン事業の営業利益額は物販事業の営業利益額を大きく上回っていた。 また、カード勧誘のための「丸井のカードはお持ちですか?」のフレーズは丸井店舗での買い物精算時のいわばお決まりの儀式となっており、その勧誘行為のエスカレートがカード嫌いの層等から丸井での買い物を遠ざける一因ともなっていた。 しかし最近では、提携カード化にともなう発行基準・与信の厳格化により以前のような無秩序なカード発行はなく、また、丸井内部での評価制度の見直しなどから、こうした行き過ぎ感のある勧誘などもほとんど姿を消した。 雇用体系 [ ] 2003年に、以外のプロパー社員ほぼ全員を丸井子会社に転籍させ賃金改定する大胆なを実行。 丸井の各ショップで働く従業員は、丸井に属さず取扱商品やサービスに応じた販売子会社から「派遣」(労働法上の人材派遣ではない:後述)される形態をしばらくとっていたが、現在は、一部の子会社でのプロパー採用社員を除き、持ち株会社「丸井グループ」に再び人員と雇用を集約したうえで、旧販売子会社を祖とする後述の社内カンパニーでの勤務(店舗での商品販売など)をする形となっている。 しかし、その一方で、この改革を前後に発生した出向と転籍を繰り返す雇用形態の変更、それに伴う人事制度・給与体系等の度重なる見直しによる混乱、及び、完全成果型報酬体系がもたらす極端な年収のアップダウンにより生活設計がたてにくくなったことなどを理由に、旧来の丸井時代から会社を担っていた正規従業員らのモチベーション低下と多数の優秀な人材の外部流出を招いたといわれる。 また、当時の運営形態は各販売子会社と丸井本体との「業務委託契約」によるアウトソーシングの形であったが、実体として販社社員に対し丸井本体の管理職(店長・副店長など)が直接指揮命令を行っており、これが、いわゆるにあたっていた可能性がある。 もっとも、これは派遣法の理解不足や見解の相違がもたらした結果であり、製造業等で多発していたような最初から故意に違反行為を承知で実施した施策ではなかった [ ]。 また、実際に勤務していた販社社員にはこういったビジネスモデル的な説明は転籍に際して事前にほとんどされておらず、それまでの勤務形態と比較してなんら変化を感じるものではなかったため大きな問題にはならなかった。 なお、事務代行を主なサービス領域とするマルイスマートサポートなど一部の子会社を除き、丸井本体及び販売系子会社は一般・特定を問わず労働者派遣事業の許認可取得・届出はしていない。 その意味では、今回の雇用形態の再転換は事業再編による組織力の強化という目的の他に、こういった諸問題の解消という狙いが含まれていると推測される。 一部の革新系政党や労働団体まで巻き込んで議論がなされた一連の転籍騒動については、現在まで、当時の関係者も含め失敗であったと認める発言等は公式の場では見られない。 一説には、この施策に不満を持ち早期退職していった人材数が会社側が当初想定していたものより遥かに多かったという現実に当時の青井忠雄社長が激怒し、施策の推進に大きく関与した関係役員を更迭したといわれるが、その因果関係は定かではない。 同業他社を含めた大手小売業でこの改革に追随した企業はなかった。 関係会社 [ ] 「丸井」及び「丸井グループ」内における、社内カンパニーと関係は以下のとおり。 小売事業の他、グループの他の2事業についても触れる。 小売事業• 株式会社丸井(丸井店舗事業)• 2008年(平成20年)10月1日付で下記小売事業各社は全て社内カンパニーとして株式会社丸井に統合された。 尚アウトレット・催事部は株式会社丸井の一部門から社内カンパニーに移行された。 パレット(旧・株式会社マルイパレット、婦人雑貨などの製造・販売)• エムズモード(旧・株式会社マルイエムズモード、紳士靴・紳士雑貨などの製造・販売)• ファッションナビ(旧・株式会社マルイファッションナビ、婦人服などの製造・販売)• アクセス(旧・株式会社マルイアクセス・株式会社マルイフォードットウォッチ、ジュエリー・メガネ・ウォッチなどの製造・販売)• フィールド(旧・株式会社マルイフィールド、スポーツアイテムなどの製造・販売)• インザルーム(旧・株式会社インザルーム、家具・インテリア雑貨などの製造・販売)• シーズニング(旧・株式会社マルイシーズニング、食料品の販売・レストランの運営)• ヴォイ(旧・株式会社マルイヴォイ、Eコマース・通信販売事業)• アウトレット(旧・アウトレット・催事部、店外催事およびアウトレット店舗の運営) カード事業• 株式会社(赤いカード事業)• 株式会社エムアールアイ債権回収(債権回収事業)エポスカード・ゼロファーストの不良債権の回収も請け負う。 株式会社(消費者金融事業)下記を参照。 小売関連サービス事業• 株式会社エイムクリエイツ(店装・広告・商業施設運営)• 株式会社シーエスシー(ビルメンテナンス・給食・警備などのビル管理)• 株式会社エムアンドシーシステム(情報システム事業)• 株式会社ムービング()引越しやの大型家電配達も請け負う。 株式会社マルイキットセンター(物流・用度品ピックアップ・商品検品事業)• マルイスマートサポート - 総務(かつての店内総務)、(丸井各店に事務系スタッフを派遣。 ゼロファースト [ ] (平成3年)に専業会社「 ゼロファースト」を設立し、都市部の駅近くや繁華街のビル1階もしくは平屋建てに店舗を構え、ゼロファースト・丸井のカードのほかに・会社・消費者金融・カードが扱えるATM(店舗によっては24時間稼働)を複数台設置するなど独自に事業を行うが、丸井のカードによるキャッシング・入金(弁済)も行う点から、丸井店舗が撤退した地域にゼロファーストを出店する傾向があった。 なお、社名の【ZERO-FIRST】からも分かるように、丸井の 0101が由来とされている。 また、同社は消費者金融事業の他に、以前は当時の中野本店内に入居していた場(マルイボウル)の管理運営も行っていた。 その後、エポスカードの子会社となった。 (平成18年)11月に、丸井がゼロファーストの事業を大幅に縮小すると発表した。 これは「の改正による逆風やの撤廃により貸付上限金利が引き下げられると、有人店舗の採算がとれなくなる」との判断によるものあった。 同社は(平成16年)10月1日にエポスカードに吸収合併され、2015年9月末で新規顧客の受け付けを停止、さらに関東(静岡含む)に74あった消費者ローン店舗を段階的に閉鎖(有人店舗46店を順次無人化し、最終的に無人店舗をすべて閉鎖)していった。 2018年現在は、エポスATM及びATMにて返済を受け付けている。 海外展開 [ ] (平成19年)12月に海外向け通販サイト、MARUIONE. JPが立ち上げられ、日本語、英語、フランス語の3か国語で運営されていた(2018年現在は閉鎖)。 「クールジャパン」のコンセプトを基に、、を含む日本の、漫画・アニメグッズに加え、伝統工芸品なども取り扱っていた。 また、同時に立ち上げられた姉妹サイトLiveJでは日本についての情報を提供していた。 宣伝活動 [ ] テレビ [ ] 丸井はテレビを媒体として積極的に利用してきた。 昭和40年代前後にはすべてで夜の「スポーツニュース」(当時は5分程度の短いものだった)に番組提供を行い、知名度向上に努めた。 の『』(関東のみ、地方によって違うスポンサーが提供)や、『キャッチアップ』(後述)打ち切り後新たに編成された『スポーツホットライン』()への番組提供がその名残である。 知名度向上とイメージ重視の戦略から、前半までは在京局や関東独立局のミニ番組に各社延べ102本。 [ — ] 提供(すべて)していたほか、丸井が進出していた静岡・福島地区でも地元局のミニ番組(ニュースや天気予報など)に提供するケースがあった。 『われら夫婦』( は1973年1月1日(元日)に放送開始。 開始当初は各社の提供で、丸井一社提供になったのは1973年10月から。 1979年3月31日で『われら夫婦』は放送終了。 1979年4月から『ある日の家族』( が放送開始。 『ある日の家族』も丸井一社提供で、1980年3月末で『ある日の家族』が放送終了。 1980年4月から『この店この味』()が放送開始。 『この店この味』も丸井一社提供で、1985年6月末で放送終了。 『われら夫婦』『ある日の家族』『この店この味』は、で放送されていた丸井一社提供ミニ番組として視聴者に親しまれた。 若者をターゲットにした主なミニ番組としては、トレンド情報番組『』(TBS)、当時流行の洋楽ビデオクリップを紹介する『』(フジテレビ)、ニューヨークのトレンドを紹介する『ニューヨーク情報』 (後にスポンサー降板 )その他の提供番組は、アメリカのニュース専門CATV局・の最新ニュースを10分弱のダイジェストにまとめて紹介する『』(共にテレビ朝日)、丸井の旅行部門とタイアップした海外旅行のガイド的番組『Zip's』(テレビ東京) 、そして最新の洋楽ヒットに乗せ世界のスポーツ映像を見せる「」()など。 他にもフジテレビでは『』の後番組として、大学サークルの紹介番組『ライフサイズTV コンパス』、東京の街そのものをゲームの舞台とした『チキチキバンバン』、有名人が好きなものを10個選ぶ『パーソナル・カウントダウンTen』、東京で暮らす若者の部屋にスポットを当てた『ROOMS』など、意欲的かつ評判を呼んだ番組も制作されていた。 一般的な認知度が関東地区を越えて、全国規模になるのは(昭和54年)にテレビCMで「好きだから、あげる。 」が爆発的な反響を呼んだことで、当時春の商戦ではやといった老舗百貨店にならぶ売り上げを記録した。 ちなみに「好きだから…」のコピーを書いたのは、「コピーライターの神様」と称されるである。 丸井のCM展開は前半までは「番組提供」が主であり、その中で丸井オリジナルブランドやインテリア、そして季節商品の単独イメージCMや「赤いカード」の告知など、さまざまなジャンルのCMを効果的に組み合わせていた。 また関東エリアのヤング館共通CMや池袋スポーツ館(のちの「フィールド」)、新宿インテリア館(のちの「イン・ザ・ルーム」)単独CMなども頻繁に流された。 さらに4店体制が長く続いた静岡地区でも「静岡限定」として「静岡4店イメージCM」が作られたことがある。 これは放送期間は短かったものの、TBS系のでは『』での番組提供時に頻繁に放送されていた。 新店の開店や既存店の新装開店などでは、それぞれの店舗立地のイメージに近い告知CMが多く作られた。 例えば「京成百貨店」から経営譲渡を受け新規開店した上野店(マルイシティ上野を経て現・上野マルイ)では、近接するの「」をイメージしたもの、浜松店(既に閉鎖)新装開店時にはの「」をイメージしたもの、藤沢店(既に閉鎖)開店時にはをイメージしたものなど、凝ったCMが数多く作られた。 「丸井試写会」(後述)についての告知CMも提供番組内で流されていたが、丸井店舗があり、番組をネットで受けていた静岡・福島地区では丸井の別のCMに差し替えられていた。 これは、招待券の配布店舗が東京周辺の南関東に限られていたことによる。 しかしをきっかけに様々な事情が絡み、1990年代半ば、レギュラー番組への提供からはすべて撤退した。 一部には「番組提供として出している費用が、本来の番組制作にあまり使われていない」という事実を知り、比較的費用が安く上がるへほぼ全面的に移行したことが、番組提供撤退の理由ではないかとの推測もされている。 その後、単発番組へ散発的な番組提供へ移行し、現在はスポットCMを放送するのみにとどまっている。 その後は一時のようなセール告知だけを行う地味なCMばかりでなく、有名タレントを起用したり、シーズン特性や流行に応じたファッション性の高いCMも再び制作されるようになってきている。 ではインザルーム名古屋の単独CMが、同店が開店してしばらくの間だけ制作・放送されていた。 関連事業であり丸井本体の進出ではなかったことから、OIOIロゴは一切表示されていなかった。 なお丸井のCMはラジオも含めほぼすべてが「エイムクリエイツ」(旧・丸井広告事業社)によって現在まで制作されている。 池袋スポーツ館(のちの「フィールド」)のCMソングは、が制作し、歌唱もしている。 この曲は当時、スポーツ館内でも常時BGMとして流されており、レコードやCDでは店内で流されていたものと同じくフルコーラスバージョンで収録されている。 尚、大滝が笛吹銅次としてミックスしたオリジナルバージョンとのリミックスバージョンの二種類がある。 が初めて手掛けたCM曲は丸井のメガネである。 (平成24年)からは通販サイト「マルイウェブチャネル」の宣伝を丸井未出店エリアを含む全国で展開するようになった。 当初は新聞広告や、電車の車内広告が中心だったが、(平成25年)よりテレビCMも製作・放映されている。 には、以前からコラボをしていたのアニメ「」のスポンサーについている。

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駿河屋マルイシティ横浜店 : 一番くじ倶楽部

駿河屋 マルイ シティ 横浜 店

2020. 25 2020. 23 2020. 15 2020. 21 2020. 20 2020. 19 2020. 14 2020. 05 2020. 03 2020. 23 2020. 20 2020. 06 2020. 25 2020. 25 2020. 19 2020. 23 2020. 13 2019. 20 2019. 12 2019. 29 2019. 29 2019. 15 2019. 15 2019. 08 2019. 14 2019. 27 2019. 27 2019. 24 2019. 16 2019. 09 2019. 01 2019. 26 2019. 26 2019. 17 2019. 10 2019. 14 2019. 14 2019. 06 2019. 31 2019. 24 2019. 17 2019. 10 2019. 09 2019. 07 2019. 06 2019. 02 2018. 27 2018. 26 2018. 17 2018. 17 2018. 29 2018. 27 2019. 25 2019. 22 2018. 20 2018. 11 2018. 11 2018. 09 2018. 02 2018. 30 2018. 28 2019. 24 25日 金 より、 ・・にて買取キャンペーンを開催。 2018. 21 2018. 14 2018. 07 2018. 07 2018. 01 2018. 26 2018. 20 2018. 13 2018. 28 2018. 26 2018. 22 2018. 07 2018. 03 北海道.

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アクセス情報|マルイシティ横浜|丸井百貨

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, LTD. )は、日本でを中心になどの商業施設を展開する企業の一つである。 (平成19年)、(旧)株式会社丸井が「株式会社」に変更し、「小売事業」、「カード事業」、「小売関連サービス事業」からなるへ移行。 その際に、新たな小売事業会社(新)「株式会社丸井」が設立された。 中野マルイ(2012年9月撮影) 会員であり、、といった都心部の鉄道駅至近を中心に店舗を展開している。 家具のをルーツに持ち、戦後はとして「500円で5,000円のお買い物! 」の宣伝文句の下に家具や家電といったの割賦販売により事業を拡大、(昭和35年)1月に日本で初めて「クレジット」という名称を使用した「」を発行した。 (昭和56年)2月には「丸井のキャッシング」という名称を使用した「事業」も開始した。 頃より若年層をターゲットにした・ファッション中心の小売業態に転換し、ブームからは形態の店舗を展開した。 このため、店舗によっては、競合関係にあると類似した売場となっている。 いわゆるに似た店舗運営であるが、会員でないことや、デパートの代表的な売場であると呼ばれるような食品売場を展開していない店舗が多いこと、自らも明確に百貨店という表現を用いていないことなどから、百貨店ではないとの見方をされることも多い。 なお、会社概要では小売事業としており、百貨店事業とする他の百貨店とは異なる。 また、では、デパートではなくファッションビルとしてカテゴリ分けされていた。 小売事業ではファッションを軸に、家具・雑貨・メガネ・宝石など、多くの商品を自前主義で展開してきた。 小売事業には、や、、事業も含まれる。 若者をターゲットにした事業展開を行ってきたことから、では大きな若年層シェアを獲得している。 ファッションのイメージが強い丸井であるが、経営上は同等、あるいはそれ以上に金融業を重視している。 元々月賦百貨店のため割賦販売のノウハウを蓄積し、小売と金融を一体とした事業を長く行っている。 店舗においては自社カードによる分割払いを勧め、単に衣服を売る利益でなく、分割手数料を得ることができ、さらにカード会員によるキャッシングなどの事業からも収益をあげている。 これにより流行や気候に左右されるアパレル販売だけでなく、カード・金融事業から安定した利益を稼ぎ出すことに成功している。 現在は「」としてグループのカード事業は持ち株会社への移行に伴い、株式会社丸井とは分けられている。 かつては「 駅のソバの丸井」「 赤いカードの丸井」のキャッチコピーのもと、駅前一等地に次々と出店することでブランド認知度を高め、かつてのDCブランドブームに乗って若年層を取り込んだ。 店舗形態は、丸井、マルイシティ、マルイファミリー、などがある()。 本社は創業地である。 北口の本社ビル、南口にグループ各社、マルイグループユニオン、マルイグループ福祉会、丸井健保組合などがある。 社名の由来は、出身の創業者・が月賦商の「丸二商会」から暖簾分けして新しい店を構え、店名を「丸井」としたものだという。 当時は「丸」に自分の名前や姓を加えると繁盛するというジンクスがあった。 なお、にある百貨店のとの関係はない。 年表 [ ]• (昭和6年) - が「丸二商会」からのれん分けで独立・創業。 家具の割賦販売を行った。 (昭和10年) - 称号を「丸井」に変更。 (昭和12年) - 資本金5万円で丸井を設立。 (昭和16年) - 重要産業団体令施行により戦時商業統制の対象となり全店閉鎖。 (昭和21年) - 重要産業団体令廃止、創業者が丸井の店舗を復活させる。 (昭和23年)• - 丸井西荻窪店開店。 - 丸井新宿駅前店開店。 (昭和24年) - 丸井下北沢店(旧)開店。 (昭和25年) - 丸井新宿三光町店開店。 (昭和26年) - 丸井創業20周年。 (昭和27年)• - 丸井池袋店(旧)開店。 - 丸井立川店(立川南口店)開店。 (昭和31年) - 丸井高円寺店開店。 (昭和32年) - 丸井西小山店開店。 (昭和33年)• - 丸井新宿西口店開店。 - 丸井渋谷店(旧)開店。 (昭和34年) - 丸井広告事業社設立。 (昭和35年)• - 丸井三鷹店開店。 - 丸井新井薬師店開店。 - 丸井吉祥寺店(旧)開店。 (昭和38年) - 市場第2部。 (昭和35年) - 日本で最初にクレジットカードという名称を使用したカードが登場。 (昭和36年)• - 丸井創業30周年。 - 丸井豊田店開店。 - 丸井所沢店(旧)開店。 (昭和37年)• - 丸井新宿駅前店閉店。 - 丸井新宿店開店。 - 丸井成増店開店。 (昭和38年)• - 丸井吉祥寺北口店開店。 - 丸井荏原店開店。 - 丸井浦和店開店。 キャッチコピーは『丸井浦和店 きょう10時開店』『丸井のクレジット・チェーン21番目の〈丸井浦和店〉が浦和駅西口前に誕生! - 丸井玉電大橋店開店。 (昭和39年)• - 丸井池袋西口店(旧)開店。 - 丸井柏店(旧)開店。 - 丸井新宿西口店閉店。 - 丸井千葉店開店。 (昭和40年) - 市場第1部。 (昭和40年)• - 丸井横浜伊勢佐木町店開店。 (昭和41年)• - 丸井吉祥寺北口店閉店。 - 丸井横須賀店(旧)開店。 - 丸井新井薬師店閉店。 - 丸井自由が丘店開店。 - 丸井沼津店開店。 キャッチコピーは『丸井沼津店 9月25日開店』• (昭和42年)• - 丸井土浦店開店。 - 丸井新宿三光町店が「丸井新宿家具電化センター」に店名変更し、新開店。 - 丸井宇都宮店開店。 (昭和43年)• - 丸井所沢店(新)、全館開店。 - 丸井小田原店開店。 - 丸井前橋店開店。 - 丸井西小山店閉店。 - 丸井下北沢店(新)、全館開店。 キャッチコピーは『いよいよ! 8月25日OPEN』『新しく明るく 2倍ワイドで誕生! - 丸井蒲田店開店。 - 丸井西荻窪店閉店。 (昭和44年)• - 丸井清水店開店。 キャッチコピーは『丸井清水店 2月22日開店 清水の皆さま どうぞよろしく』『あす10時…いよいよ清水駅前に開店です! - 丸井玉電大橋店閉店。 - 丸井厚木店開店。 - 丸井静岡店開店。 - 丸井沼津店、全館開店。 キャッチコピーは『ぐ~んと広く 2倍ワイドで新開店! - 丸井浦和店、全館開店。 - 丸井成増店、全館開店。 - 丸井荏原店閉店。 (昭和45年)• - 『ファッションとインテリアの出逢う店』というキャッピコピーが誕生。 - 丸井熊谷店開店。 - 丸井千葉店、全館開店。 - 丸井立川店(丸井立川ショッピングビル)開店。 キャッチコピーは『ファッションとインテリアの出逢う店-ヤングタチカワに誕生! - 丸井池袋東口店、丸井川越店(旧)開店。 - 丸井中野本店(丸井中野ショッピングビル)B館が開店。 - 丸井水戸店(丸井水戸ショッピングビル)開店。 キャッチコピーは『はじめまして…! 』『Mito はじめまして』『美しくなるミト駅前! みんなが出逢うミト駅前! 7月25日の朝10時オープン! - 『さわるショッピング大賛成! 』というキャッチコピーが誕生。 - 丸井土浦店(丸井土浦ショッピングビル)全館新開店。 キャッチコピーは『丸井土浦ショッピングビル あす10月10日体育の日 全館新開店! 〉が新しく誕生! - 丸井立川南口店、丸井高円寺店、丸井三鷹店、丸井豊田店閉店。 (昭和46年)• - 丸井八王子店(丸井八王子ショッピングビル)開店。 キャッチコピーは『行きも帰りも駅のソバ! 若い街の若い店! - 丸井創業40周年。 - 丸井渋谷店(丸井渋谷ショッピングビル)(新)、全館開店。 キャッチコピーは『3倍ワイド わぃわぃオープン! (昭和47年)• - 『愛情はつらつ《われら夫婦、クレジットエイジ。 》』というキャッチコピーが誕生。 - 丸井中野本店(丸井中野ショッピングビル)、【ファッションのA館】【インテリアのB館】の2館体制で全館開店。 『マルイ屋上公園』(A館屋上)、『マルイボウル』(A館6階・7階)、『味の食堂街』(A館5階)、『丸井海外旅行センター』(A館1階)、『ピーコックストア』(A館地階)も同時OPEN!! - 丸井宇都宮店(丸井宇都宮ショッピングビル)、【ファッションの本館】【インテリアの新館】の2館体制で全館開店。 キャッチコピーは『2倍ワイド!! 3階でつながりました』• - 丸井川口店開店。 キャッチコピーは『こんにちわ川口 駅のソバです 丸井です』• - 丸井自由が丘店、【A館】【B館】の2館体制で全館開店。 9月 - 「クレジットメンバーズ」制度を発足。 それと同時に、クレジットカード「丸井クレジットメンバーズ」が登場。 電話番号も"0101"に。 (昭和48年)• - 『マルイはみんな駅のソバ 電話はみんなマルイ・マルイ』というキャッチコピーが誕生。 - 丸井新宿家具家電センター(旧・丸井新宿三光町店)閉店。 - 丸井川越店(新)、全館開店。 キャッチコピーは『川越のマルイ 8月25日 土 はつらつオープン』• - 丸井柏店(新)、全館開店。 キャッチコピーは『柏のマルイ あす29日 土 はつらつオープン』• (昭和49年)• - 『円を大切に・・・クレジット。 』というキャッチコピーが誕生。 - 丸井ニュー新宿店開店。 既存の丸井新宿店(のちの丸井ヤング新宿店)との2店体制になる。 キャッチコピーは『新宿大通り、新しいマルイ。 』『クレジットのマルイです。 伊勢丹まえのマルイです。 - 丸井浜松店開店。 キャッチコピーは『こんにちわ浜松、クレジットのマルイです。 』『静岡のマルイが4店になります。 どうぞよろしく、駅のソバ。 』『クレジットで評判、浜松のマルイです。 』『静岡のマルイが4店になりました。 どうぞよろしく、駅のソバ。 - 丸井船橋店開店。 - 丸井厚木店全館開店。 キャッチコピーは『新しい船橋と厚木のマルイです。 どうぞよろしく。 (昭和50年)• - 『マルイ・マルイの丸井です』というキャッチコピーが誕生。 - 丸井清水店、全館開店。 - 丸井小田原店【(新)駅前広場の新しいお店】・ヤングマルイ小田原【お城通りのファッションのお店】、2館同時開店• - 丸井横須賀店(新)、全館開店。 キャッチコピーは『横須賀中央大通りに新しくオープン!! - クレジットカード「赤いカード(初代)」が登場。 既存の「丸井クレジットメンバーズ」も引き続き利用が可能だった。 - 丸井郡山店開店。 キャッチコピーは『丸光さん、西友さん、丸井もみんな駅のソバ。 』『お買物はクレジットでどうぞ。 郡山の丸井です。 (昭和51年)• - 『和気あいあい。 』というキャッチコピーが誕生。 - 丸井横須賀店【ファッションとインテリアの店《本館》】【電器とレジャーの店《別館》】、2店同時開店。 - 丸井渋谷店【ファッション本館】【インテリア新館】 、2館同時開店。 キャッチコピーは『クレジットして帰ろう。 公園通り。 (昭和52年)• 77年のテーマ。 もっと会おうよ。 話そうよ。 』というキャッチコピーが誕生。 - 丸井池袋東口店閉店。 - 丸井ニュー池袋西口店開店。 キャッチコピーは『池袋西口、上機嫌。 』『半日遊びにきませんか。 丸井でいちばん大きなお店です。 - 丸井ニュー新宿店・丸井ヤング新宿店に加えて、丸井インテリア館(丸井ニュー新宿店の隣)が開店し、3店体制になる。 キャッチコピーは『新宿大通り、丸井が3店。 - 『赤いカードで123(ワン、ツー、スリー。 )』というキャッチコピーが誕生。 (昭和53年)• - 『いま多感期 丸井は赤いカードでクレジット。 』というキャッチコピーが誕生。 - 丸井津田沼店開店。 キャッチコピーは『津田沼にぎやか 赤いカードの丸井津田沼店 2月23日(木)開店 どうぞよろしく』• - 丸井所沢店全館開店。 キャッチコピーは『より大きく、より美しく2倍になって。 あした8月26日(土)丸井所沢店[全館]開店』『ファッションからインテリアまで、いいもの、素敵なものがいっぱい。 - 丸井ニュー吉祥寺店開店。 キャッチコピーは『井の頭公園まえの丸井です。 (昭和54年)• - 『ひとりよりふたり。 』というキャッチコピーが誕生。 - 丸井藤沢店開店。 キャッチコピーは『見慣れた街がいま新しい-藤沢。 』『丸井藤沢店。 けさ10時30分開店。 』『藤沢駅北口 旧さいか屋さんあとに開店します。 (昭和55年)• - 『好きだから、あげる。 』というキャッチコピーが誕生。 - 丸井横浜店【馬車道館】開店。 キャッチコピーは『ヨコハマ・馬車道・クレジット』『ここから始まる散歩道、レンガ通りの丸井です。 - 丸井町田店開店。 キャッチコピーは『クレジットで力をつけましょう。 (昭和56年)• - 『人生OIOI(マルイ・マルイ)』というキャッチコピーが誕生。 に「丸井のキャッシング」という名称で「事業」を開始。 - 丸井創業50周年。 - 丸井横浜店【馬車道ファッション館】【伊勢佐木インテリア館】、2館同時開店。 キャッチコピーは『馬車道・伊勢佐木・クレジット』• (昭和57年)• - 『したいこと、いっぱい。 赤いカード。 もらって、うれしい。 赤いカード。 』というキャッチコピーが誕生。 - 丸井下北沢店が「丸井新宿店下北沢館」に店名変更。 - 丸井大宮店開店。 キャッチコピーは『大宮・西口・クレジット』• - 丸井新宿店下北沢館(旧・丸井下北沢店)閉店。 (昭和58年)• - 『好きで、いっしょで。 』というキャッチコピーが誕生。 - 丸井所沢店、【ファッション館】【インテリア・スポーツ館】の2館体制で全館開店。 - 丸井成増店閉店。 - 丸井錦糸町店開店。 キャッチコピーは『これから、錦糸町。 (昭和59年)• - 『(わ)をかけて 今年もあれこれ。 赤いカード。 』というキャッチコピーが誕生。 - 丸井新宿店、【ヤング館】【テクノ館】【スポーツ館】【インテリア館】【ファッション館】の5館体制になる。 キャッチコピーは『こいつは春から五つマル。 (昭和60年)• - 丸井浦和店が「丸井大宮店浦和館」に店名変更。 - 丸井渋谷店【本館】【ヤング館】、2館同時開店。 キャッチコピーは『思い通り、公園通り。 丸井の前に丸井です。 - 丸井川口店【本館】【インテリア・電器館】、2館同時開店。 キャッチコピーは『いったり、きたりの丸井です。 - 丸井船橋店閉店。 - 丸井上野店開店。 キャッチコピーは『東京上野、エキ祭ティング。 』『こんどの丸井はキャベツもあります。 - 丸井大宮店浦和館(旧・丸井浦和店)閉店。 (昭和61年)• - 丸井浜松店新開店。 - 丸井所沢店新開店。 - 丸井池袋西口店新開店。 - 丸井津田沼店新開店。 - 丸井新宿メンズ館新開店。 - 丸井町田店新開店。 - 丸井前橋店閉店。 - 丸井大宮店新開店。 - 丸井藤沢店新開店。 - 丸井水戸店新開店。 - 丸井錦糸町店新開店。 - 丸井戸塚店開店。 キャッチコピーは『と・つ・か、ビギニング』• (昭和62年)• - 丸井宇都宮店閉店。 - 丸井千葉店閉店。 (昭和63年)• - 丸井川崎店開店。 キャッチコピーは『人咲き、街咲き、Kawasaki』• - 丸井熊谷店閉店。 (平成元年)• - 丸井国分寺店開店。 キャッチコピーは『駅の 上の 街。 - 丸井大井町店【女とインテリアの館】【男と電器の館】、2館同時開店。 キャッチコピーは『ふたりのために、ふたつです。 (平成2年) - との合弁で、設立。 (平成3年) - 丸井創業60周年。 (平成12年) - 内「ららぽーと3」(後の南館)に専門店4店を出店。 グループ外の商業施設への初出店となる。 (平成13年) - 丸井創業70周年。 (平成15年) - グループ一体化の大再編を敢行。 (平成17年) - にヴァージン・メガストアーズ・ジャパンの全株式を約12億円で売却、株式会社と店長級社員の派遣等による衣料部門の支援に係る業務提携。 (平成18年)9月 - 「マルイウェブチャネル」開設。 (平成19年)• - 株式会社(の持株会社)と資本・業務提携。 - 小売事業を株式会社丸井に新設分割し、株式会社丸井グループに商号変更し、純粋持株会社へ移行。 (平成22年) - 株式会社と事業における業務提携について合意。 同年、「」内に、オフィシャルショップ「マルイ楽天市場店」開設。 (平成23年)• - 丸井創業80周年。 - 水戸店・柏店VAT館(現:柏マルイ)に()の影響が発生。 柏店VAT館は3月31日まで休業(近接する柏店マルイ館は営業していた)、水戸店は4月14日まで休業。 (平成29年) - 株式会社、KDDIコマースフォワード株式会社が運営する「Wowma! 」に、ブランドファッション専門売場「Wowma! Brand Square」開設。 (平成31年) - 株式会社が運営していたショッピングモール「」事業を、丸井による運営へ統合。 (令和2年)• - に伴い、翌より全店舗休業することを発表。 - 前述の通り、新型コロナウイルス感染症の流行により休業していた京都マルイが閉店した。 店舗展開 [ ] (、「MARUI」マーク採用例の1つ) 概略 [ ] 店舗展開としては長らく関東圏に限ってきたが、近年では関東圏を脱し全国展開を視野に入れている。 とに店舗をもつ(ここにを加えた範囲を丸井は「関東圏」と位置づけ、長らくこの範囲で店舗展開を行ってきた)。 東京では中野本店が2007年に一旦閉店し、(平成23年)に中野マルイとして再オープンした(詳細はを参照)。 また、(平成19年)には、前にオープンした新複合商業施設「」の中核店舗としてマルイが新規開店している。 ただし、の店舗は2018年(平成20年)の水戸店の閉店をもって、撤退。 では(平成20年)に福島県の丸井郡山店を閉鎖後、にて自社ブランドのテナント出店やアウトレットストアを展開している。 へは、丸井本体としてではなく「インザルーム名古屋」として(平成19年)に・へ進出したが、(平成21年)に閉店した。 またにテナント「スタジオゼロワン」を運営していたが、こちらも2009年9月に撤退している。 ただし近鉄パッセでは2011年(平成23年)より毎年夏季に「マルイの水着」ショップが期間限定で出店されている(2011年はにも出店していた)。 また2017年(平成29年)にはの内に新業態のテナント「ラクチンきれいシューズ Fit Studio」をオープンしている。 においては・()のほか、(平成18年)には・()、さらに(平成23年)には・(旧阪急百貨店跡地)でも新店舗()を開業している。 ただし、京都マルイはに閉鎖し、に閉店した。 へは4月21日にの博多郵便局跡地に建設された商業施設「KITTE博多」のメインテナントとして初進出した。 また、福岡市への出店に際し「九州でほかにやへの出店も検討していることを明らかにした」と毎日新聞が報じている。 丸井には、駅前出店を基本とした多店舗化戦略を取っているイメージがあるが、その一方で新規大型店の開店に伴う小規模店舗の統合など、積極的なスクラップ・アンド・ビルド戦略を展開している。 ただし、新店舗の開設を伴わない単純な不採算店舗の閉鎖も数多く行なわれている。 また米国の百貨店チェーンの様に開発、化、自社編集売り場などに力を入れ、旧来型のからの脱却を図っているほか、また従来の画一的な展開から、「商圏に適したきめ細かい展開」に切り替えている。 「商圏に適したきめ細かい展開」は店舗デザインにも及ぶ。 現在多くの店舗の外観は 「OIOI」マークを使用している。 これは古くからある店舗に現在も残る、丸の右下が切れた形の 「CICI」マークのブラッシュアップと言える(「CICI」マークの店舗においても、店内掲示物などには「OIOI」マークを使用するケースも目立ってきている)。 また、関東・静岡地区で1990年代に開業・改築した店舗の一部には 「MARUI」マークが用いられているところもある。 これは当時、エリアごとの店舗展開を模索し始めており、その際のイメージのひとつが形になったものである。 なおその後、「MARUI」マークを採用した店舗もリニューアルなどを機に「OIOI」マークへ変更するケースもあり、ブランドの再統一へ方向転換した模様である。 なお、京阪神の3店舗では「OIOI」マークに「(地名)MARUI」が併記されている。 既存店舗とは別の道を模索する動きも見られ、その一環として(平成19年)5月に宅配大手のと資本・業務提携を結び、在庫の調達管理から新たな通販ビジネス開拓への方針展開を目指す方針であると発表された。 一方、(平成15年)改正や、(平成17年)の影響によるグループの業績悪化を受けて、小売事業の方針を順次転換した。 具体的には、顧客ターゲットを若年層から全世代に拡大し、ファッション等の商品に代表されるモノ消費中心の売場展開を減少させ、飲食等の体験に代表されるコト消費をターゲットにした売場展開の割合を増加させること等である。 同じくSC・定借化運営であるモディの多店化も併せて、売上より利益重視へ収益構造の転換を進めている。 個別売場、テナント• 長らくファッションを中心とした消化仕入方式による百貨店型の店舗運営をとり、収益についてもテナントの売上高に左右される形態であった。 しかし、モノ消費からコト消費へのニーズの変化や、安定的な収益確保をにらみ、SC・定借化による不動産型の店舗運営へ転換を進めている。 テナントの内容についても顧客を交えた会議の実施等に基づき、低層階に食品・飲食のテナントを配置するなど、ファッション中心の店舗構成からライフスタイル中心の店舗構成へ移行している。 かつては丸井としての売場が、専門館以外の店舗に存在した。 2018年現在は、北千住マルイ・国分寺マルイ・マルイファミリー溝口・マルイファミリー志木の4店舗にがテナントとして出店している。 それ以外の店舗は、近辺にやや(LABI)などの大型が出店しているなどの理由により、直営による電化製品売場は存在しない。 少なくとも、昭和40年代後半から60年ごろにかけて、東京都心部の一部や地方の狭小店舗、また専門館を除いた全店舗最上階には、森永フードサービス(現:株式会社、当時は子会社)運営による「 森永レストラン」が併設されていた。 その後昭和60年代に入り、順次森永レストランは閉鎖され、2014年現在では森永レストランが併設されている丸井店舗は存在しない。 出店形態 [ ]• 丸井(マルイ)- 一般型店舗。 なお、前述の通り古くからある店舗においても、改装や改築を経て店舗名称をカタカナ表記へ変更する例がある。 マルイシティ(OICITY)- 都市型店舗。 かつては(現在は本館、アネックスに改称)(現在は上野マルイ)、(現在は池袋マルイ)および(現在は)にも存在した。 マルイファミリー(OI FAMILY) - 郊外型を意識。 食料品も扱う。 溝口、海老名、志木の各店舗。 まるい食遊館 - 食料品専門店。 国分寺、北千住、溝口などのマルイ店舗に入居しているが、これ以外にもに出店している。 かつては上野店(現・上野マルイ、現在は北野エースが出店)と錦糸町店(現・)の2店舗にも入っていた。 - エンクローズド(共同店舗型)。 丸井の他の店舗業態から転換し、専門店テナントを基本に展開する。 までは、による運営であったが、4月1日より丸井の運営へ統合された。 詳細は「」を参照 過去 [ ]• マルイジャム - ファッション激戦区・の立地に対応したレディス専門店。 現在は渋谷マルイへ変更。 マルイミニ - 一般・小規模店舗。 現在は店舗なし。 in The Room(インザルーム) - 専門店。 現在は単独店舗は存在せず、また2013年3月10日を以てテナント形態のショップも全店舗営業を終了した。 FIELD(フィールド) - スポーツ用品専門店。 新宿店スポーツ館のリニューアルに伴い新たに作られた形態。 後に池袋店スポーツ館もこの名称にリニューアルした。 VAT - ティーンズ世代のファッション専門店。 マルイのとも言われていた。 かつては柏店の2つある建物のうちの1つがVATであったが、現在は店舗なし。 マルイザッカ - ファッション雑貨専門店。 現在は店舗なし。 マルイヤング - ヤングファッション専門店。 マルイビィ- 一般。 町田の跡地に開設された「丸井町田店B館」である。 (平成18年)9月にとなり、名称は消滅。 新宿マルイの出店形態 [ ] 新宿マルイは2018年現在、以下の形態で店舗展開を行っている。 いずれも正式名称には「新宿マルイ」が付されており、(平成21年)に「新宿21. 1世紀」のコンセプトを掲げた大幅な店舗再編によって、現在の形態となっている。 本館 - 4月24日オープン。 「サード・プレイス」というテーマを掲げ、女性をターゲットにしたライフスタイル店舗としてオープン。 雑貨やサロン、カフェ・スイーツの他、屋上庭園「Q-COURT」を揃える。 アネックス - 2009年9月18日リニューアルオープン(名称のみ4月24日より変更)。 アネックスは英語で「別館」を意味する。 リニューアル当初は、社会人男性をターゲットとしたライフスタイル店舗として、メンズを中心にレディースやキッズ、雑貨やホビーなどを展開。 その後、外国人観光客をターゲットとした物販ショップや、アニメ・サブカルチャーを取り扱う店舗が入居している。 リニューアル以前より、8階のレストランと9-13階の映画館「」が入居している。 メン - 2009年9月18日リニューアルオープン(名称のみ4月24日より変更)。 メンズ専門店。 屋上にはイベントスペースがあり、定期的にアイドル等のイベントが行われる。 なお、かつては上記3店舗のほかに、同じくに以下の2店舗もオープンまたはリニューアルオープンしたが、その後閉店している。 カレン - 2009年2月27日オープン。 2012年3月25日閉店。 「」をテーマとしたレディース専門店。 店内にはやも出店していた。 店舗名称のカレンとは、英語で「最新の」などを表す「Current」と、日本語の「可憐 Karen 」の2つの意味がある。 ワン - 2009年2月20日オープン。 2013年9月25日閉店。 個性派ファッションの揃うレディース専門店。 若手の発掘・育成を掲げた。 丸井の本店は中野にあったが、(平成19年)に一時閉店。 その後、(平成23年)1月に再開店して本社も中野にあるが、新宿3丁目(前)の沿いに(平成21年)に完成した「新宿マルイ本館」店舗を売場面積から勘案して旗艦店と見做すことが出来ると思われる。 新宿には丸井が入居するビルが6棟存在し、積極的にスクラップ・アンド・ビルドを行うため、これまでたびたび店舗(出店形態)の移動があった。 出店形態ごとの立地の変遷 [ ] 新宿3-1-20に所在していたマルイシティ新宿2(2007年)• 「フィールド」跡地)に分割して移転し、それぞれ、「マルイシティ1」、「マルイシティ2」と改称した。 旧「マルイシティ」跡地には、2009年4月24日に新宿地区の新たな旗艦店「新宿マルイ本館」が開店した。 フィールド (平成4年)9月に、伊勢丹東側の明治通り沿い(現在の)に開店した「フィールド」((昭和59年)4月開店のスポーツ館が前身)は、1998年9月に新宿5丁目交差点前の「マルイメン」の裏に移転した後、(平成16年)に新宿3丁目交差点前の旧・マルイザッカ館跡地に移転し、さらにその後「マルイヤング」の地下に移転した。 マルイワン 旧・フィールド跡地に1998年9月にできた「マルイワン」は、(平成17年)3月に「マルイヤング」の5-9階に移転した。 ヴァージン・メガストアーズとの合弁出資により展開していた「ヴァージンメガストア」は、当初マルイシティ地下1階に(平成2年)に開店した後、京王新宿追分ビルに移転。 その後経営不振で2004年1月に閉店、2005年には株式も売却され丸井の関連会社ではなくなった。 (平成21年)は「新宿21. 1世紀。 」のコンセプトを掲げ、全店舗改装・リニューアルを行い、新たに「新宿マルイ」の総称が入れられた。 まず2月20日にマルイシティ-2を「新宿マルイワン」へ、2月27日にマルイヤングを「新宿マルイカレン」へ、それぞれ一新した。 また前述の通り4月24日には新宿マルイの新たな旗艦店舗になる「新宿マルイ本館」がオープンした。 その他の既存店舗も順次改装を行っており、インザルーム新宿本店は4月24日にリニューアルが完了し、またマルイシティ-1・マルイメンが初夏から秋にかけて、それぞれ「新宿マルイアネックス」「新宿マルイメン」にリニューアルされた。 ただし店舗名称はマルイ本館オープンと同日にいち早く変更された。 なお、フィールドはマルイメン8階に移転したほか、女性向けランニング用品ショップをマルイ本館5階に、さらに9月からはアウトドア用品ショップをマルイアネックス7階に展開する。 またマルイカレンは新宿3-17の路地にも別館がある。 の南側にある駐車場の裏だが、"OIOI"の看板とドアノブが見えるのですぐに見つかる。 「新宿マルイ」に刷新後も店舗再編が行われており、インザルーム新宿本店は(平成22年)2月28日に、新宿マルイカレンは(平成24年)3月25日に、それぞれ閉店している。 なお、マルイカレンは閉店後も引き続き丸井が「丸井新宿東口ビル」としてビル管理を続けていたが、2016年9月末約130億円で 売却した。 2012年6月よりいくつかのテナントが入居しているが、2018年現在も営業を継続している。 また(平成25年)秋にも再編が行われ、マルイワンがマルイアネックスと統合する形で閉店した(マルイワンで営業していたテナントの多くがマルイアネックスに移転した)。 これにより、アネックスにもレディース用品売場が新設されたほか、本館にメンズ用品売場も新設されている。 立地ごとの出店形態の変遷 [ ]• 新宿3-30-16(現在の「新宿マルイ本館」の場所。 新宿5-16-4(新宿5丁目交差点前の現在の「新宿マルイメン」の場所。 新宿5-16-8にインテリア館B館を建設した際、A館との間に連絡通路(3階・7階)を設けた。 インテリア館B館では家電製品などを扱った。 新宿3-1-20 (新宿3丁目交差点前のかつての「新宿マルイワン」の場所。 新宿3-1-13 (新宿4丁目交差点前のかつての「インザルーム新宿本店」の場所。 京王新宿追分ビル。 現在のコメ兵の場所(建物自体はが管理する賃貸ビル。 新宿3-1-26 (映画会館跡地。 現在の「新宿マルイアネックス」の場所。 新宿マルイ本館(3-18-1 ) (平成21年)4月24日、初代マルイシティ新宿跡地に新築オープン。 新宿マルイアネックス(旧・マルイシティ新宿-1) 2009年4月24日に店舗名のみ先行変更し、9月18日にリニューアルオープン。 8Fにレストラン街OIOI The Dish。 (平成25年)10月5日に旧マルイワンにて営業していた多くのテナントが移転入居した。 渋谷区 にあったその他店舗については、、を参照。 渋谷マルイ(1-22-6 ) (昭和33年)10月「丸井渋谷店」として開業。 その後「丸井渋谷店ファッション館」となり、「丸井渋谷店ヤング館」にリニューアルされ、の改装後、「マルイジャム渋谷」となる。 4月24日、改装終了と共に「渋谷マルイ」に改称。 売場面積4,240m 2。 取扱高115億円(2017年度、ただし渋谷モディとの合算)。 豊島区• 池袋マルイ(旧・マルイシティ池袋)(1-16-3 ) (昭和52年)2月に「丸井ニュー池袋西口店」として開業。 売場面積12,170m 2。 取扱高56億円(2017年度)。 1970年-1976年頃の池袋には、「丸井ニュー池袋西口店」が開業する以前に、旧「丸井池袋西口店」(東武百貨店の前。 )と共に、「丸井池袋東口店」(1970年2月開店、1977年1月閉店。 西武百貨店の並び。 )と、池袋《西口》《東口》に丸井の店舗があった。 「丸井池袋東口店」が存在した場所は、南池袋の「びっくりガード」付近。 足立区• 北千住マルイ(I番館内) 当初はの出店計画があったが断念し、との競願の末、丸井が出店した。 売場面積35,300m 2は丸井全店舗の中で最も広く、取扱高も373億円(2017年度)と最も高い。 まるい食遊館が入居。 2Fに"KITCHEN GARDEN 350"(イートインスペースを備えた食品専門店ゾーン)。 10Fにレストラン街"千寿万彩"(せんじゅまんさい)。 台東区• 上野マルイ(旧・マルイシティ上野) 京成上野ビル・中村ビル内。 から譲渡を受け、8月24日「丸井上野店」として開業。 売場面積16,390m 2。 取扱高127億円(2017年度)。 旧京成百貨店だった名残で生鮮食品の取り扱いが開店からあり(今は取り扱いなし)、オープン時のコピーが「こんどのマルイはキャベツもあります」。 B1Fに"Food Select"(飲食テナントのほか食料品専門店が配置され、北千住の"KITCHEN GARDEN 350"に一部類似している)。 9FにOIOI The Dish(レストラン街)。 墨田区• 錦糸町店(3-9-10 ) 錦糸堀車庫跡地。 (昭和58年)9月開業。 (平成29年)6月、B1階にがオープン。 1Fに"味の本所小路"(北千住の"KITCHEN GARDEN 350"に類似したゾーン)。 7Fに"錦糸町ダイニング 0141"(レストラン街)。 売場面積22,990m 2。 取扱高122億円(2017年度)。 千代田区• 有楽町マルイ(内) 8月末に大井町店閉店後の入れ替えにより2007年10月12日開業。 売場面積18,500m 2。 取扱高216億円(2017年度)。 中野区• 中野マルイ - の項も参照 (平成19年)に閉店した丸井中野本店を、旧A館部分のみに規模縮小の上で建て替え、(平成23年)に再オープン。 (同ビルは丸井グループ本社別館を兼ねており、本社も近隣に所在)。 売場面積4,950m 2。 取扱高55億円(2017年度)。 B1Fにがテナントとして入居しているほか、5Fに街を構える。 武蔵野市• 売場面積11,950m 2。 取扱高53億円(2017年度)。 国分寺市• まるい食遊館が入居。 売場面積14,300m 2。 取扱高121億円(2017年度)。 町田市• 町田マルイ (昭和55年)9月開業。 売場面積7,550m 2。 取扱高153億円(2017年度、ただし町田モディとの合算)。 神奈川県 [ ]• マルイシティ横浜(2-19-12 、のキーテナント) (平成8年)9月開業 )売場面積16,770m 2。 取扱高82億円(2017年度)。 売場面積32,260m 2。 取扱高211億円(2017年度)。 マルイファミリー海老名(1-6-1、内) (平成14年)4月開業。 まるい食遊館が入居。 売場面積19,500m 2。 取扱高88億円(2017年度)。 埼玉県 [ ]• 大宮マルイ(23 ) (昭和57年)9月開業。 大宮店と同居。 売場面積13,970m 2。 取扱高67億円(2017年度)。 (平成21年)4月25日リニューアル。 売場面積16,530m 2。 取扱高45億円(2017年度)。 マルイファミリー志木(5261 ) による東口再開発ビル「」の大半を賃借して出店。 2000年(平成12年)2月開業。 まるい食遊館が入居。 売場面積18,900m 2。 取扱高110億円(2017年度)。 千葉県 [ ]• (平成28年)4月28日に旧「柏VAT」をリニューアルし、「柏マルイ」としてリニューアルオープン。 これまでの丸井柏店にはなかった食料品売り場「Kashiwa Roots Table」が2階に設けられる(北千住の"KITCHEN GARDEN 350"に類似したゾーン)。 売場面積8,220m 2。 取扱高67億円(2017年度、ただし柏モディとの合算)。 これまでに以下のような経緯をたどっている。 (昭和39年):「日本屋ビル」(現在は東口駅前広場の一部・建物は現存せず)に「丸井柏店」をオープン• (昭和48年):その後柏駅の再開発により、「丸井柏店」を現在の「柏マルイ」が営業しているビルに移転• (平成8年)2月:二番街商店街付近に新たに建設された店舗(南口徒歩1分程度の二番街商店街内の、オープン当時は柏店(現:柏駅前店)に隣接する位置)に「マルイ館」をオープン。 この建物は、縦看板や入口などに、草加マルイや水戸店などで使用の「MARUI」ロゴを使用していた。 これに伴い、現在「柏マルイ」として営業しているビルについては、専門店の「ファースト館」として営業した後、「柏VAT」としてリニューアルされ、丸井柏店は2館体制となった。 前述のとおり、「柏VAT」は若者向けの商品に特化しており、かつてはVATで商品を買うとついてくる、通称「VAT袋」を持つことが、周辺の中高生の流行でもあり、1つの特徴でもあった。 (平成28年)4月20日:「マルイ館」(二番街商店街付近の建物)を一時閉鎖。 2館体制から単独店舗となる。 2016年(平成28年)4月28日:「柏VAT」を、「柏マルイ」にリニューアル(このリニューアル工事に伴い、「柏VAT」の大方のテナントは2016年2月までに閉店。 3月から「柏マルイ」リニューアルまでは、「柏マルイ」以降も営業を継続する店舗だけで、規模を縮小した営業であった)。 2016年(平成28年)10月27日:旧「マルイ館」(二番街商店街付近の建物)をリニューアルし「柏」として開業。 静岡県 [ ]• かつてB館として営業されていた一部に6階建ての店舗として開業。 売場面積7,920m 2。 取扱高31億円(2017年度、ただし静岡モディとの合算)。 (平成6年)2月、旧館裏手に新築されたA館が、また(平成7年)2月 、旧館に隣接する敷地にB館がそれぞれ完成。 旧館を一旦営業休止し解体。 その後旧館部分を建て替え、既に完成していた部分と合体させ「新・B館(愛称:けやきプラザ)」が完成しグランドオープン。 のち現在に至る。 完成当時は新ロゴのひとつとして「MARUI」を採用(ほぼ同時期に移設開店した水戸店・柏店、新規開店した草加店も同様)。 またA館とB館の間の道を「けやき通り」と命名、A館建設と同時に街路整備を行うなど、周辺と一体化した整備を行った。 2016年、B館を一時閉鎖の上、同年11月19日に「静岡」としてリニューアル。 同時にA館を「静岡マルイ」として単独店舗化。 なお、これに合わせて店舗外観のロゴも「MARUI」から「OIOI」マークへと、一部を除き変更されている(2016年11月時点)。 大阪府 [ ]• なんばマルイ 郡山店(2008年2月29日撮影)• 郡山店(駅前1-6-10 ) (50年)開店 - (平成20年)閉店 、売場面積 約8,800m 2。 「郡山駅前共同ビル」のキーテナントとして入居。 開店以来、 東北唯一かつ丸井北限店舗としての強みにより、(現:)やとともに前の集客力を県内外から牽引していた。 ビジネスホテルの入居希望を拒否してまで地権者は商業施設に拘っていたとされているが [ ]、2008年の閉店から解体される2013年まで空きビル状態が続いた。 郡山駅前近辺では郡山店やの跡地ビルも空きビルとなり、またの真正面に位置したため、郡山駅前の中心市街地活性化において大きな課題となっていた。 しかし、(平成23年)3月のにより建物が大規模半壊となり、地権者側の解体要請と、国や郡山市の震災復旧の支援を受けて、までに解体。 跡地には、「」や飲食店、地元金融機関の支店などが入る複合ビル が建設された。 閉店した以降も1階において、ビルのテナントである呉服店が引き続き営業していたが、丸井側が退去を命じたこともあり、法廷闘争に発展。 その後、和解が成立し撤退した。 また、撤退店舗では唯一側壁看板のロゴが現行の"OIOI"だった(他は屋上看板含め旧ロゴの"CICI"等。 茨城県 [ ] 水戸店(2010年3月撮影)• 土浦店(4-1 ) (昭和42年)3月開業。 本館、きもの館。 (平成15年)閉店。 現在はカラオケ、居酒屋、パチンコ店などが入居。 『ぷらっと』になった。 1988年当時の旧店舗の売り場面積は、4,629m 2。 旧店舗解体後、跡地は現在「水戸ノースフロントビル」として、水戸駅北口店などが営業。 (平成5年)2月に、 北口再開発ビル「MYM」に移転開業した。 丸井は、「MYM」の2階以上に入居。 1階・地下1階は別テナントが入る専門店街となっている。 (平成23年)4月15日に、6階にがオープン(本来は2011年3月オープン予定だったが、前述の水戸店震災被害によりオープンが遅れた)。 ピーク時には156億円を売り上げた年もあったが、2016年度は24億円まで落ち込んだ。 また、2010年代に入りや水戸()などの開業も重なり苦戦し、2018年9月17日をもって閉店。 撤退後は共有部分を取得したによりオフィスと商業施設の複合施設としてリニューアルする としていたが、2019年2月に 共有部分の所有権がに譲渡された。 このため、施設の一部内容を見直して2019年秋にリニューアルされる予定。 栃木県 [ ]• 宇都宮店(2-29 ) (昭和42年)9月、池上町の駅前大通り沿い「」1-3階に開店。 1972年6月に道路を挟んだ南側の「丸井物産池上ビル」との2館体制となる(3階部分の連絡通路で接続)。 (昭和62年)7月25日、「売場のさらなる拡大は困難」として撤退した。 閉店後、中村第一ビルのフロアは地場のが専門店「EFF」として1987年11月に開店したが、10年の契約期間を満了せず7年で閉店。 上階にあった映画館も2007年に休館し、現在はフロア毎のテナントビルとなっている。 群馬県 [ ]• 前橋店(2-11-8 ) 1968年(昭和43年)4月開店。 1986年(昭和61年)7月閉店。 メガネ館、きもの館。 なお現在本館は隣接している前橋店新館。 熊谷店(筑波2-102 ) (昭和45年)2月開業。 熊谷駅北口ロータリー直結(バス3番のりば前)だった。 (昭和63年)12月の閉店後も建物はそのままで1階にてゼロファーストを営業していたが、2002年にゼロファーストと1店舗分のテナントを擁する平屋建てに建て直した(携帯ショップが開業したが短期間で閉店し、空きテナントのままとなっていた)。 ゼロファースト撤退に伴い、地元企業により8階建てのテナントビルに建て直された(2009年)。 川越店 (昭和45年)2月開業。 1973年8月に駅前に移転して、新店舗が全館開業。 2007年にとしてリニューアルオープン。 川越モディは1月31日閉店。 4階 アニメグッズ/献血ルーム)と5階(ビューティ/リラクゼーション)については同年2月以降もそのまま営業を継続する。 所沢店(A館(埼玉県所沢市日吉町10-21)、B館(埼玉県所沢市日吉町10-22)) (昭和36年)11月開業。 丸井初の「クレジットカード」が登場直後の(昭和36年)に開店した丸井の古参店舗。 衣料品の他家具(B館)・食器(B館)・家電製品(B館)等も扱い、旧系列の(B館)や森永レストラン(B館)も入居。 丸井が創業以来取り扱ってきた商品は一通り備え、埼玉県内の中心店舗であった。 また旧大井町店のようにかつてはA館を「女の館」、B館を「男の館」として営業していた時期もある。 テナントとして芳林堂書店所沢店(B館)があり、森永レストラン撤退後も閉店まで別のレストラン(B館)が営業していた。 A館、B館は渡り廊下で繋がっていた。 2007年に閉店。 同時にヴァージン・メガストア所沢店、芳林堂書店所沢店、レストランも閉店した。 しばらく建物は未利用のまま閉鎖され、が再開店を要請していたが、(平成19年)12月、丸井傘下のが管理する賃貸ビル「リ・クリエ所沢」(A館、B館)に業態変更した。 A館には所沢支店、が入居。 B館にはガーデン所沢店(後に店名をメガガーデン所沢と改称)、東急リバブル、所沢店((平成26年)7月に退店。 その後ホットヨガスタジオカルド所沢が入居)、Beautissimo tokorozawa()、、安心ダイヤル所沢中央センターが入居した。 (平成20年)5月1日、A館に所沢直営店が新規入居。 同年7月1日にはA館に所沢校、(平成23年)7月にはA館に西武電設工業株式会社()本社・所沢事業所が入居。 (平成24年)7月14日にはA館に居酒屋一休所沢店が開店した。 A館、B館とも空きスペースが残っており、現在もテナントを募集している。 閉店時以降A館プロペ通り側は閉鎖され、一部で未改装状態のまま衣料品・インテリアなどの臨時店舗の営業が行われていたが、(平成28年)8月31日、所沢プロペ通り店が開店した。 セブン-イレブン以外のスペースはその後も閉鎖されている。 地下駐車場は閉鎖。 丸井営業時より入居している武蔵野建設株式会社(B館)(建築工事・不動産取引)は引き続き営業している。 A館、B館とも建物は丸井の所有であるが地権者は複数いる。 芳林堂書店はビル店(所沢ステーションビル。 直営)も営業しており、所沢店閉店後も所沢駅ビル店は存続していたが、(平成28年)2月26日、芳林堂書店が倒産。 芳林堂書店の事業はに譲渡された。 (平成29年)12月、所沢ステーションビルの店舗営業終了と新駅ビルへの改築が決定。 これに伴い芳林堂所沢駅ビル店も(平成30年)2月22日に閉店となった。 大宮店浦和館(旧・浦和店) 西口交番そばにあり、(昭和38年)9月28日に開店し、(昭和60年)12月に閉店した。 閉店後は洋服の浦和店となったが(平成13年)4月に閉店。 同年10月にプレバブ建てで「浦和駅西口総合館」がオープンしたが、(平成20年)4月に再開発事業に伴う立ち退きを理由に閉店した。 現在は駐車場になっている。 川口店(3-1-16 ) (昭和47年)8月開業。 1972年8月末に本館が開店、1985年5月末にインテリア・電器館が開店。 後者が先に閉店した。 千葉県 [ ]• 千葉店 (昭和39年)9月開店、(昭和62年)閉店。 売場面積 約2,600m 2。 現在はなどが入居する雑居ビル。 最寄り駅は 初代 京成千葉駅(現:)だった。 船橋店(1-6-3 ) (昭和49年)開店、(昭和60年)閉店。 売場面積 約5,700m 2。 閉店後もビルは「丸井船橋ショッピングビル」として丸井が所有し、を経て、現在は全国でも最大規模 敷地面積2000坪 のギガ船橋店。 津田沼店(1-3-1 ) (昭和53年)開店、(平成19年)2月12日閉店。 売場面積 8,796m 2。 最寄り駅は で、が所有する津田沼14番街ビル(新京成第6ビル)に入居していた。 現在は。 中野区 丸井中野本店(2006年12月撮影)• 中野本店(A館・B館)(3-34-27 ) (平成19年)8月26日閉店、建物を一旦取り壊して跡地に本社関連施設を建設予定であったが、地元の陳情を受け、店舗と本社機能オフィスの複合ビル建設に計画を変更 し、上記の「中野マルイ」として(平成23年)に営業を再開した。 中野店も休業扱いだったが、中野マルイ開業時に「 中野マルイ」として営業再開。 売場は「良眼工房byOIOI」として中野5丁目・内に一時移転し、中野マルイ内に再移転。 旧B館跡地にはマンションが建設されたため、旧A館跡地のみでの営業となる。 1960年(昭和35年)4月開店、1966年(昭和41年)7月閉店。 豊島区• フィールド池袋店(旧・丸井池袋スポーツ館) 閉店後はマルイシティ池袋の5階に入居していた(その後閉店)。 元の場所は池袋西口店に。 インザルーム池袋 (平成19年)8月19日インザルーム新宿本店(当時)に統合、閉店。 ゼロファースト 窓口となり、製ATMは販売機に取って代わられた。 池袋東口店 (昭和45年)2月28日開店。 (昭和52年)1月31日閉店。 板橋区• 店 成増名店街ビルにテナントとして入居していた。 丸井退店後ビルは建て替えられとなっている。 1962年10月13日開店、1983年6月閉店。 新宿区• フィールド新宿店(初代。 現店舗とは違う場所にあった) フィールド閉店後「マルイワン新宿」となるが、「マルイワン新宿」はマルイヤング新宿内5階-8階に移転。 外装はそのままに「」となる。 マルイシティ新宿(3-30-16 ) 2009年4月24日、新宿マルイアネックスに改称、同年9月18日に内装完成しリニューアルオープン。 新宿マルイワン(旧・マルイシティ新宿-2)(3-5-6 ) 新宿マルイワンとしてリニューアルオープン。 (平成25年)9月25日を以てマルイアネックスと統合する形で閉店。 マルイヤング新宿、マルイワン新宿(マルイヤング内5階-8階) 新宿マルイカレンとしてリニューアルオープン(その後は後述)。 マルイワン新宿は新宿マルイワンとして、マルイシティ新宿-2跡に移転。 ゼロファースト 「高田馬場駅前出張所」とともに撤退。 現在は「」に。 インザルーム新宿本店(3-1-20 ) 1月に閉店した新宿店の建物に開店。 (平成22年)2月28日閉店。 跡地にが出店。 閉店後は丸井がビル管理者となる「丸井新宿東口ビル」としていたが、2016年9月末で約130億円で 売却した。 なお、丸井新宿東口ビルに出店している テナントについては、基本的に当面は営業を継続する方針だという。 マルイカレン別館(中野ビル1階) を取り扱っていた。 2009年11月にリニューアル。 マルイカレン閉館と同日に撤退し、STUSSYのショップ自体は新宿3-23のLABI新宿東口館の隣のビルに(平成24年)4月21日に移転オープン。 新宿駅前店 新宿進出1号店。 1948年(昭和23年)9月開店。 1962年(昭和37年)9月、新宿店(後のマルイカレン)開店時に統合閉店。 新宿西口店 新宿進出3号店。 1958年(昭和33年)4月開店。 新宿店(後のマルイカレン)開店時から2年後の1964年(昭和39年)7月、統合閉店。 新宿三光町店 新宿進出2号店。 1973年(昭和48年)5月閉店。 中野輸送新宿配送センターを経て、新宿インテリア館A館・B館として再度店舗化。 渋谷区• マルイヤング渋谷(1-22-6 ) マルイジャムに名称変更の後、シティ渋谷が渋谷モディにリニューアルするのにあわせ、渋谷マルイに名称変更。 マルイワン(旧・インザルーム渋谷店)(1-21-3 ) 現在は改装されニトリ。 ニトリの旗艦店が出店となっている。 マルイシティ渋谷 開業、当時は小規模店舗で「丸井渋谷店インテリア館」だったが、のリニューアルとともに増床開店をし、「丸井渋谷店本館」となり、の改装後、「マルイシティ渋谷」となる。 4月19日を以て一時閉店となり、同年11月19日に渋谷としてリニューアルオープン。 詳細は「」を参照 目黒区• インザルーム自由が丘 (旧・自由が丘店 )(2-11-12 ) (昭和30年)11月開業。 2棟ある建物のうち1棟はとして利用されているが、もう1棟は現在、日能研自由が丘校となっている。 店 玉電の大橋電停前にあった。 現在は目黒大橋店となっている。 1963年(昭和38年)10月開店、1969年(昭和44年)7月閉店。 杉並区• 店 創業当時から存在した店舗。 主にを扱った。 1956年11月開店。 (昭和45年)12月頃、中野本店に統合、閉店。 西荻窪店 1948年(昭和23年)4月開店。 1968年(昭和43年)12月、閉店。 世田谷区• 下北沢店(2-15-14 ) 下北沢店として開店、末期は新宿店の分館(「丸井新宿店下北沢館」)。 閉店後はマルイアウトレットストア「下北沢オルタネイトキングダム Altern8Kingdom 、「J-CREW」下北沢店などを経て「final index下北沢」として営業していたが、(平成20年)9月28日に閉店。 1949年(昭和24年)9月開店。 1968年(昭和43年)8月末、全館新開店。 1982年(昭和57年)2月、「丸井新宿店下北沢館」に店名変更。 1982年(昭和57年)12月閉店。 品川区• 大井町店(5-201 ) 有楽町マルイ開店に伴い(平成19年)閉店。 「男の館」と「女の館」の二棟に分かれ、渡り廊下で結ばれていた。 閉店以前から店舗を縮小して営業しており、「女の館」一階はテナントとして丸井大井町店が入居していた。 丸井は閉店したが西友は大井町店に改称し営業を続けている。 丸井に代わって両棟ともの都市型店舗「LABI品川大井町」となった。 旧「男の館」が「 住まいる家電館」、旧「女の館」が「 AV・デジタル館」となっている。 西小山店 1957年(昭和32年)3月開店、1968年(昭和43年)7月閉店。 荏原店 1963年(昭和38年)6月開店、1969年(昭和44年)12月閉店。 大田区• 店(7-3-3 ) (昭和43年)9月開業。 1989年、大井町店開店に伴う移転閉店。 蒲田東急プラザアネックスを経て改装され、現在は、JR蒲田駅前店。 武蔵野市• 吉祥寺北口店 スクラップアンドビルド第1号となった小型店。 1963年(昭和38年)2月開店、1966年(昭和41年)1月閉店。 無印良品館(旧丸井キャンバス吉祥寺) から1月までヤングカジュアルなレディースブランドなどを取り扱った丸井キャンバス吉祥寺店で、、1997年2月に改装オープンとともにを取り扱った丸井オリジナル専門店無印良品館がオープンしたが、9月のリニューアルオープンに伴い本館の6階に無印良品が移転をし、現在は吉祥寺駅前店となる。 三鷹市• 三鷹店 1960年(昭和35年)3月開店、1970年(昭和45年)12月閉店。 立川市• マルイミニ立川(旧・立川店)(2-7-17 ) (平成19年)8月12日閉店。 その後、としてリニューアルオープンをしたが、2012年5月27日をもって閉店をした。 そのあとの2012年8月30日にがオープンをし、新・立川ロフトとなったが5月下旬に閉店。 2019年9月に100円ショップや薬局のやなどの入った雑居ビルとなる。 日野市• 豊田店 1961年(昭和36年)10月開店、1970年(昭和45年)12月閉店。 八王子市• 八王子店(A館、B館)(2-5 ) (平成16年)1月12日閉店。 スポーツクラブやパチンコ・、などの娯楽関連ビル「八王子ツインタワー」A館・B館に改装。 町田市• マルイビィ町田(6-2-6 ) としてリニューアルオープン。 神奈川県 [ ] 川崎店(2007年5月撮影)• 横浜関内店 横浜店馬車道館、館。 後者が先に閉館。 馬車道館はマンションに建て替え。 イセザキ館は改装され、が運営するに。 7階・8階には、(平成13年)1月から2007年3月末まで、が入居していた。 1965年に横浜伊勢佐木町店を出店。 その後1980年にを挟んで向かい側に馬車道館が開店し2館体制となる。 伊勢佐木町店はヤング館を経て後にイセザキ館に改称。 1990年代末にイセザキ館閉館後馬車道館単独での営業となったが2000年に閉館、馬車道館の近くに有った丸井の駐車場も閉鎖・解体された。 戸塚店(戸塚町10 ) (昭和61年)11月1日開業 (ビル名称:1)。 (平成18年)9月閉店。 「まるい食遊館」、レストラン街は営業継続、それ以外のフロアは、としてリニューアルオープン。 横須賀館 1966年(昭和41年)2月25日、千日通沿いに後の別館が開店。 1〜3階が丸井、4〜7階は2スクリーンの映画館や軽飲食店が入居していた。 映画館は後に5スクリーンまで増設されている。 (昭和50年)5月、中央大通り沿いに本館が開店。 現在はともに雑居ビルとして利用されている。 藤沢店 (昭和54年)9月20日開業。 2006年(平成18年)2月28日閉店。 藤沢店旧店舗に出店。 跡地は、2006年(平成18年)8月4日に藤沢店が開業。 地下1階には、地元の要望で食料品専門店・さいか屋「藤沢マーケット店」が開店。 藤沢マーケット店は1993年(平成5年)11月にディスカウント業態のさいか屋「ザ・マーケット藤沢駅前店」となった後 、丸井閉店後の2006年(平成18年)3月20日まで営業していた。 厚木店(2-4-13 ) (昭和44年)8月開業。 1974年(昭和49年)10月、全館開業。 閉店後、建物は改装されになるも、(平成14年)に閉鎖。 居酒屋などが入居する雑居ビルに。 小田原店 (昭和43年)3月開業。 2002年(平成14年)3月閉店。 後者が先に閉鎖。 VOX館は居酒屋などが入居する雑居ビルに。 川崎店(1-11 ) (昭和63年)3月開業。 (平成30年)1月14日閉店。 と共にのキーテナント(当初はとのキーテナントであったが、2003年8月閉店)。 売上高45億円(2015年度)。 静岡県 [ ] 静岡地区の店舗は全店昭和40年代に開店しており、丸井の店舗の中でも古参であった。 1990年代に入り一気に店舗の淘汰が行われたが、そのうち浜松店及び清水店の閉鎖は静岡店に経営資源を集中(前述のスクラップ・アンド・ビルド戦略の一環)するためであったとも言われている。 沼津店(86 ) (昭和41年)9月開業。 (平成16年)5月閉店。 建物老朽化と採算を理由に閉鎖。 建物は解体済。 跡地はホテルに。 (平成13年)1月閉店。 「静岡店清水館」を経て閉鎖。 建物は改装されを経て、2016年に建物解体。 跡地は旧浜松店同様に結婚式場となる予定(2017年2月時点)。 清水店の11km西に位置する静岡店は(大店法)を根拠とする出店調整から増床が不可能であった。 当時の静岡市は出店調整に大きく影響を及ぼす商業活動調整協議会(商調協)の勢力が強く、大型店が出店しにくい地域であった。 清水店は売場面積の小さい静岡店の別館的存在でもあったと言われており、静岡店で取り扱えなかった商品は清水店で扱っていた。 大店法廃止とともに商調協が解散した後は、清水店で扱っていた商品の大半が増床した静岡店へ移され、清水店は規模を大幅に縮小(6階建ての建物のうち、売り場を1階・2階のみとし3階以上は閉鎖)して「静岡店清水館」となった。 その後(平成13年)1月に完全に閉店した。 浜松店(()220-6 ) (昭和49年)8月開店、建物老朽化と採算を理由に(平成6年)7月閉店、店舗面積は8111m 2。 建物は解体済。 跡地に建設されたビルには低層階に(後にに業態変換)が入居、三階以上はビル管理会社が運営する有料駐車場という構成となった。 2009年3月にエイデンが撤退。 現在その跡地にはが入居している。 浜松店の建物には、当時丸井の店舗では初となる展望エレベーターが設置されていた。 愛知県 [ ] 詳細は「」を参照 実現しなかった店舗 [ ]• 高槻店 準備室のみ存在。 JR前の再開発ビル(現在の)に出店予定であったが、その後出店を辞退。 かつての丸井の店舗網拡大の経緯 [ ] かつては同業の(現・)との「出店競争」があり、関東圏から東北方面へ店舗網の拡大を目論んでいた時期があった。 その際「東北進出の足がかり」として、郡山店を開店させた。 また緑屋が当時進出していなかった東海道方面(静岡県)へは、緑屋進出前に先手を打つという考えから沼津、清水、静岡、浜松の順で4店舗を時期をおいて開店させたという経緯があったといわれている。 そのうち静岡店においては、「商業活動調整協議会」 の力がたいへん強かったことから、店舗面積にも大変厳しい注文がつけられた。 結果として極めて狭小な店舗での出店を余儀なくされ、隣接する清水店(当時の清水市ではここまで過激な反応はなく、むしろ出店を大歓迎されたとも言われている)を増床し、静岡店で扱えない商品を清水店や後に開店する浜松店(こちらも静岡店と違いかなり余裕のある床面積であったといわれている)にて展開していたという。 しかし、東海道線エリアでは戸塚・藤沢・小田原といった神奈川県内の店舗を含んで、浜松、清水、沼津は既になく、東北エリア唯一の店舗であった郡山店も閉鎖するなど、かつての店舗拡大も大きく軌道修正が図られている。 このほか、首都圏都市部以外の出店として、熊谷、前橋といった高崎線エリアや、宇都宮などの栃木エリアにも進出の実績があるが、すべて閉鎖されている。 現在では本拠の首都圏において、南関東のターミナルを中心とした店舗展開を行い、同時に首都圏を脱しへ進出、また一時期は関連事業を名古屋においても展開するなど、での店舗展開も進めるという「2つの流れ」を見て取れる。 POSシステム [ ]• は、製を使用。 ネット通販 [ ]• マルイウェブチャネル 2006年9月開設。 自社運営のECサイト。 マルイ楽天市場店 2010年12月17日開設。 Wowma! Brand Square 2017年2月20日開設。 自社ブランド・外部出店 [ ] 丸井が展開している自社プライベートブランド及びショップは下記の通りである。 ビサルノ(VISARUNO, メンズビジネス)• アールユー(ru, レディス)• マルイモデル(OI MODEL, 旧:ヤングL、大きいサイズ専門レディス)• ヴェリココ(velicoco,レディス靴)• レッドシューズ(Red shoes, レディス靴)• フォードットウォッチ(4 DOT WATCH CO. , 時計)• 良眼工房(メガネ)• まるい食遊館(食品)• フィネステリア(Finesteria, メンズギフト・デイリーグッズ) など。 かつて展開していたブランド・ショップ [ ]• タスタス(tasse tasse, レディス)• インザルーム(in The Room, インテリア)• オンボード(on board, メンズカジュアル)• ナルーカ(Nalu:ca, サーフ)• シャンデリーク(chandelique, アクセサリー)• フォーハートジュエリー(Four Heart jewelry, アクセサリー)• アイスクエア オプティーク(OPTIQUE, メガネ)• ジュール アン ジュール(jour en jour, アクセサリー)• ココニー(coconie, ファッション雑貨)• ウェルト(W・E・L・T, 紳士靴)• クロスドロワー(Cross Drawer, 複合専門店) 外部専門店 [ ] 2000年のへの出店を皮切りに、自社ブランドの専門店を丸井やだけではなく、グループ外のなどのにおいてテナントとして出店したり、単独店舗で出店したりするケースがある。 テナントにおいても出店や業態変更、あるいは撤退を頻繁に行っている。 中でも、に展開していたテナント5店舗は2009年8月までに全て撤退したほか、初の出店であったららぽーとTOKYO-BAYのテナントも、業態変更等を経て2019年に撤退した。 南関東エリア [ ]• - マルイのシューズ• - マルイのシューズ• 柏モディ - ザッカセレクトバイマルイ• 戸塚モディ - まるい食遊館、ザッカセレクトバイマルイ 仙台エリア [ ]• 2 - マルイのシューズ 東海エリア [ ]• - ラクチンきれいシューズ Fit Studio 九州エリア [ ]• - マルイのシューズ アウトレットストア [ ] 自社ブランドを特別価格で提供する「 マルイアウトレットストア」も各地で展開している。 マルイアウトレットストア - 、 閉店したアウトレットストア• final index下北沢(旧・丸井新宿店下北沢館。 ロゴの「a」と「d」はそれぞれ「OI」と「oI」で表され、「OIOI」ロゴと掛けている。 2008年9月28日閉店)• マルイアウトレットストア ((平成22年)2月21日閉店)、、、• VISARUNO・RU OIOI ((平成22年)9月20日閉店)、(閉店時期不明)、、• Red shoes tokyo OIOI ((平成22年)9月26日閉店)• マルイのシューズ アウトレット - 丸井のクレジットカード [ ] 日本初の「クレジット」 [ ] 丸井を語る上で欠かせないのが、「 赤いカード(初代)・1975年発行)」の存在である。 丸井はもともと(による月賦払いを中心とする小売店)であった。 (昭和35年)に日本で初めて「クレジット」という名称を用い、アメリカから機器を輸入し「クレジット・カード」「クレジット・プレート」の発行を開始した。 これは今日のクレジットカードと同一のものではなく、上顧客への月賦払いの完済証明書のようなもので、完済すると発行され、次回の買い物時に回収された。 したがってこのクレジットカードは、「クレジットカード」の名称は使用しているが、機能的にはクレジットカードではなかった。 このカード、プレートは、販路拡大にも貢献した。 ちなみに同じ1960年末に日本が設立され、1961年からJCBとほぼ同時期に本格的なクレジットカードを発行を開始している。 丸井では1972年9月の「クレジットメンバーズ」制度発足と同時に、クレジットカード『丸井クレジットメンバーズ』の発行を開始。 1975年9月に『丸井クレジットメンバーズ』に替わる、丸井の新しいクレジットカード『赤いカード(初代)』の発行を開始している。 『赤いカード(初代)』発行開始当時の1975年~1976年頃は、既存の『丸井クレジットメンバーズ』も引き続き利用出来た。 当時は口座振込みによる返済のシステムもなく、支払い方法は丸井の店頭で直接支払うか、集金員に直接支払うシステムのみであった。 この集金=「回収」作業において、支払い延滞者への督促行為が時にまがいの強引な手法となることがあった。 当然、現在であれば大きな問題となりうるものであるが、当時はまだ「返せないならむしり取るのが当たり前」という解釈の下そういった行為が許されていた時代でもあった。 振込みによる返済が一般的になった現在でも、のクレジットカード同様に、店頭のカードカウンターへ出向いての返済が可能である。 ハウスカードから国際ブランドへ [ ] 長らく丸井グループと丸井店舗周辺の加盟店のみ扱えるの立場を固持してきたが、1990年代初頭に及びと提携・一体化した「 エムワンカード」( M1カード)を発行する。 世界中のVISAまたはJCB加盟店で利用できるようになったが、その分リスクが大きくなることから入会審査が厳しくなり、また支払回数の制限などもあり、あまり発行されずに終息した。 (平成6年)にハウスカードの名称を「 マルイカード」に変更したが、(平成12年)に元の「 赤いカード」に戻した。 (平成13年)にとの提携によって、赤いカードとセゾンカードを合体した『 赤いカード《セゾン》』を発行開始した。 このカードはというの一種で、利用加盟店が赤いカードの加盟店か、セゾン及び付加国際ブランド(VISA・Master・JCB)の加盟店かによって、請求が丸井からの分とセゾンからの分に分かれて来るものであり、さらに支払方法や請求サイクルも全く別であるなど、悪い意味で「一枚二役」のカードであった。 (平成16年)10月にはカード事業を分社化し連結子会社の株式会社マルイカードを設立し、のスペシャルライセンシーを取得。 (平成18年)3月に長年に亘って親しまれた「赤いカード」に代わり、社内公募によって決定された「 エポスカード」 EPOS CARD を新ブランド名として採用。 ハウスカードから脱し、VISA付帯で汎用性を高めたICクレジットカードへと衣替えした。 同時に社名も株式会社へ変更されている。 キャッシング [ ] 1981年に赤いカードでキャッシングサービスが開始。 現在ほとんどの「赤いカード」・「エポスカード」で枠が設定されており(未成年者はショッピング専用カードとして発行)、上限に迫る高利のキャッシング収益で長い間本業の(分社化した現在は連結)収益の一大部分を占めている。 丸井のカードは店舗従業員の達成のため、無職者や学生、低所得者層でも店頭で容易に発行されてキャッシングに使えることから、借り逃げなどの貸倒件数・金額によってはその年の業績にマイナス影響を与えるものとなり、「 小売店の顔をした消費者金融」と呼ばれることもしばしばある。 実際に、グレーゾーン金利撤廃以前のクレジット・消費者ローン事業の営業利益額は物販事業の営業利益額を大きく上回っていた。 また、カード勧誘のための「丸井のカードはお持ちですか?」のフレーズは丸井店舗での買い物精算時のいわばお決まりの儀式となっており、その勧誘行為のエスカレートがカード嫌いの層等から丸井での買い物を遠ざける一因ともなっていた。 しかし最近では、提携カード化にともなう発行基準・与信の厳格化により以前のような無秩序なカード発行はなく、また、丸井内部での評価制度の見直しなどから、こうした行き過ぎ感のある勧誘などもほとんど姿を消した。 雇用体系 [ ] 2003年に、以外のプロパー社員ほぼ全員を丸井子会社に転籍させ賃金改定する大胆なを実行。 丸井の各ショップで働く従業員は、丸井に属さず取扱商品やサービスに応じた販売子会社から「派遣」(労働法上の人材派遣ではない:後述)される形態をしばらくとっていたが、現在は、一部の子会社でのプロパー採用社員を除き、持ち株会社「丸井グループ」に再び人員と雇用を集約したうえで、旧販売子会社を祖とする後述の社内カンパニーでの勤務(店舗での商品販売など)をする形となっている。 しかし、その一方で、この改革を前後に発生した出向と転籍を繰り返す雇用形態の変更、それに伴う人事制度・給与体系等の度重なる見直しによる混乱、及び、完全成果型報酬体系がもたらす極端な年収のアップダウンにより生活設計がたてにくくなったことなどを理由に、旧来の丸井時代から会社を担っていた正規従業員らのモチベーション低下と多数の優秀な人材の外部流出を招いたといわれる。 また、当時の運営形態は各販売子会社と丸井本体との「業務委託契約」によるアウトソーシングの形であったが、実体として販社社員に対し丸井本体の管理職(店長・副店長など)が直接指揮命令を行っており、これが、いわゆるにあたっていた可能性がある。 もっとも、これは派遣法の理解不足や見解の相違がもたらした結果であり、製造業等で多発していたような最初から故意に違反行為を承知で実施した施策ではなかった [ ]。 また、実際に勤務していた販社社員にはこういったビジネスモデル的な説明は転籍に際して事前にほとんどされておらず、それまでの勤務形態と比較してなんら変化を感じるものではなかったため大きな問題にはならなかった。 なお、事務代行を主なサービス領域とするマルイスマートサポートなど一部の子会社を除き、丸井本体及び販売系子会社は一般・特定を問わず労働者派遣事業の許認可取得・届出はしていない。 その意味では、今回の雇用形態の再転換は事業再編による組織力の強化という目的の他に、こういった諸問題の解消という狙いが含まれていると推測される。 一部の革新系政党や労働団体まで巻き込んで議論がなされた一連の転籍騒動については、現在まで、当時の関係者も含め失敗であったと認める発言等は公式の場では見られない。 一説には、この施策に不満を持ち早期退職していった人材数が会社側が当初想定していたものより遥かに多かったという現実に当時の青井忠雄社長が激怒し、施策の推進に大きく関与した関係役員を更迭したといわれるが、その因果関係は定かではない。 同業他社を含めた大手小売業でこの改革に追随した企業はなかった。 関係会社 [ ] 「丸井」及び「丸井グループ」内における、社内カンパニーと関係は以下のとおり。 小売事業の他、グループの他の2事業についても触れる。 小売事業• 株式会社丸井(丸井店舗事業)• 2008年(平成20年)10月1日付で下記小売事業各社は全て社内カンパニーとして株式会社丸井に統合された。 尚アウトレット・催事部は株式会社丸井の一部門から社内カンパニーに移行された。 パレット(旧・株式会社マルイパレット、婦人雑貨などの製造・販売)• エムズモード(旧・株式会社マルイエムズモード、紳士靴・紳士雑貨などの製造・販売)• ファッションナビ(旧・株式会社マルイファッションナビ、婦人服などの製造・販売)• アクセス(旧・株式会社マルイアクセス・株式会社マルイフォードットウォッチ、ジュエリー・メガネ・ウォッチなどの製造・販売)• フィールド(旧・株式会社マルイフィールド、スポーツアイテムなどの製造・販売)• インザルーム(旧・株式会社インザルーム、家具・インテリア雑貨などの製造・販売)• シーズニング(旧・株式会社マルイシーズニング、食料品の販売・レストランの運営)• ヴォイ(旧・株式会社マルイヴォイ、Eコマース・通信販売事業)• アウトレット(旧・アウトレット・催事部、店外催事およびアウトレット店舗の運営) カード事業• 株式会社(赤いカード事業)• 株式会社エムアールアイ債権回収(債権回収事業)エポスカード・ゼロファーストの不良債権の回収も請け負う。 株式会社(消費者金融事業)下記を参照。 小売関連サービス事業• 株式会社エイムクリエイツ(店装・広告・商業施設運営)• 株式会社シーエスシー(ビルメンテナンス・給食・警備などのビル管理)• 株式会社エムアンドシーシステム(情報システム事業)• 株式会社ムービング()引越しやの大型家電配達も請け負う。 株式会社マルイキットセンター(物流・用度品ピックアップ・商品検品事業)• マルイスマートサポート - 総務(かつての店内総務)、(丸井各店に事務系スタッフを派遣。 ゼロファースト [ ] (平成3年)に専業会社「 ゼロファースト」を設立し、都市部の駅近くや繁華街のビル1階もしくは平屋建てに店舗を構え、ゼロファースト・丸井のカードのほかに・会社・消費者金融・カードが扱えるATM(店舗によっては24時間稼働)を複数台設置するなど独自に事業を行うが、丸井のカードによるキャッシング・入金(弁済)も行う点から、丸井店舗が撤退した地域にゼロファーストを出店する傾向があった。 なお、社名の【ZERO-FIRST】からも分かるように、丸井の 0101が由来とされている。 また、同社は消費者金融事業の他に、以前は当時の中野本店内に入居していた場(マルイボウル)の管理運営も行っていた。 その後、エポスカードの子会社となった。 (平成18年)11月に、丸井がゼロファーストの事業を大幅に縮小すると発表した。 これは「の改正による逆風やの撤廃により貸付上限金利が引き下げられると、有人店舗の採算がとれなくなる」との判断によるものあった。 同社は(平成16年)10月1日にエポスカードに吸収合併され、2015年9月末で新規顧客の受け付けを停止、さらに関東(静岡含む)に74あった消費者ローン店舗を段階的に閉鎖(有人店舗46店を順次無人化し、最終的に無人店舗をすべて閉鎖)していった。 2018年現在は、エポスATM及びATMにて返済を受け付けている。 海外展開 [ ] (平成19年)12月に海外向け通販サイト、MARUIONE. JPが立ち上げられ、日本語、英語、フランス語の3か国語で運営されていた(2018年現在は閉鎖)。 「クールジャパン」のコンセプトを基に、、を含む日本の、漫画・アニメグッズに加え、伝統工芸品なども取り扱っていた。 また、同時に立ち上げられた姉妹サイトLiveJでは日本についての情報を提供していた。 宣伝活動 [ ] テレビ [ ] 丸井はテレビを媒体として積極的に利用してきた。 昭和40年代前後にはすべてで夜の「スポーツニュース」(当時は5分程度の短いものだった)に番組提供を行い、知名度向上に努めた。 の『』(関東のみ、地方によって違うスポンサーが提供)や、『キャッチアップ』(後述)打ち切り後新たに編成された『スポーツホットライン』()への番組提供がその名残である。 知名度向上とイメージ重視の戦略から、前半までは在京局や関東独立局のミニ番組に各社延べ102本。 [ — ] 提供(すべて)していたほか、丸井が進出していた静岡・福島地区でも地元局のミニ番組(ニュースや天気予報など)に提供するケースがあった。 『われら夫婦』( は1973年1月1日(元日)に放送開始。 開始当初は各社の提供で、丸井一社提供になったのは1973年10月から。 1979年3月31日で『われら夫婦』は放送終了。 1979年4月から『ある日の家族』( が放送開始。 『ある日の家族』も丸井一社提供で、1980年3月末で『ある日の家族』が放送終了。 1980年4月から『この店この味』()が放送開始。 『この店この味』も丸井一社提供で、1985年6月末で放送終了。 『われら夫婦』『ある日の家族』『この店この味』は、で放送されていた丸井一社提供ミニ番組として視聴者に親しまれた。 若者をターゲットにした主なミニ番組としては、トレンド情報番組『』(TBS)、当時流行の洋楽ビデオクリップを紹介する『』(フジテレビ)、ニューヨークのトレンドを紹介する『ニューヨーク情報』 (後にスポンサー降板 )その他の提供番組は、アメリカのニュース専門CATV局・の最新ニュースを10分弱のダイジェストにまとめて紹介する『』(共にテレビ朝日)、丸井の旅行部門とタイアップした海外旅行のガイド的番組『Zip's』(テレビ東京) 、そして最新の洋楽ヒットに乗せ世界のスポーツ映像を見せる「」()など。 他にもフジテレビでは『』の後番組として、大学サークルの紹介番組『ライフサイズTV コンパス』、東京の街そのものをゲームの舞台とした『チキチキバンバン』、有名人が好きなものを10個選ぶ『パーソナル・カウントダウンTen』、東京で暮らす若者の部屋にスポットを当てた『ROOMS』など、意欲的かつ評判を呼んだ番組も制作されていた。 一般的な認知度が関東地区を越えて、全国規模になるのは(昭和54年)にテレビCMで「好きだから、あげる。 」が爆発的な反響を呼んだことで、当時春の商戦ではやといった老舗百貨店にならぶ売り上げを記録した。 ちなみに「好きだから…」のコピーを書いたのは、「コピーライターの神様」と称されるである。 丸井のCM展開は前半までは「番組提供」が主であり、その中で丸井オリジナルブランドやインテリア、そして季節商品の単独イメージCMや「赤いカード」の告知など、さまざまなジャンルのCMを効果的に組み合わせていた。 また関東エリアのヤング館共通CMや池袋スポーツ館(のちの「フィールド」)、新宿インテリア館(のちの「イン・ザ・ルーム」)単独CMなども頻繁に流された。 さらに4店体制が長く続いた静岡地区でも「静岡限定」として「静岡4店イメージCM」が作られたことがある。 これは放送期間は短かったものの、TBS系のでは『』での番組提供時に頻繁に放送されていた。 新店の開店や既存店の新装開店などでは、それぞれの店舗立地のイメージに近い告知CMが多く作られた。 例えば「京成百貨店」から経営譲渡を受け新規開店した上野店(マルイシティ上野を経て現・上野マルイ)では、近接するの「」をイメージしたもの、浜松店(既に閉鎖)新装開店時にはの「」をイメージしたもの、藤沢店(既に閉鎖)開店時にはをイメージしたものなど、凝ったCMが数多く作られた。 「丸井試写会」(後述)についての告知CMも提供番組内で流されていたが、丸井店舗があり、番組をネットで受けていた静岡・福島地区では丸井の別のCMに差し替えられていた。 これは、招待券の配布店舗が東京周辺の南関東に限られていたことによる。 しかしをきっかけに様々な事情が絡み、1990年代半ば、レギュラー番組への提供からはすべて撤退した。 一部には「番組提供として出している費用が、本来の番組制作にあまり使われていない」という事実を知り、比較的費用が安く上がるへほぼ全面的に移行したことが、番組提供撤退の理由ではないかとの推測もされている。 その後、単発番組へ散発的な番組提供へ移行し、現在はスポットCMを放送するのみにとどまっている。 その後は一時のようなセール告知だけを行う地味なCMばかりでなく、有名タレントを起用したり、シーズン特性や流行に応じたファッション性の高いCMも再び制作されるようになってきている。 ではインザルーム名古屋の単独CMが、同店が開店してしばらくの間だけ制作・放送されていた。 関連事業であり丸井本体の進出ではなかったことから、OIOIロゴは一切表示されていなかった。 なお丸井のCMはラジオも含めほぼすべてが「エイムクリエイツ」(旧・丸井広告事業社)によって現在まで制作されている。 池袋スポーツ館(のちの「フィールド」)のCMソングは、が制作し、歌唱もしている。 この曲は当時、スポーツ館内でも常時BGMとして流されており、レコードやCDでは店内で流されていたものと同じくフルコーラスバージョンで収録されている。 尚、大滝が笛吹銅次としてミックスしたオリジナルバージョンとのリミックスバージョンの二種類がある。 が初めて手掛けたCM曲は丸井のメガネである。 (平成24年)からは通販サイト「マルイウェブチャネル」の宣伝を丸井未出店エリアを含む全国で展開するようになった。 当初は新聞広告や、電車の車内広告が中心だったが、(平成25年)よりテレビCMも製作・放映されている。 には、以前からコラボをしていたのアニメ「」のスポンサーについている。

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