ノーサイド ユーミン。 NO SIDE

実は死語!? 松任谷由実も歌った『ノーサイド』という言葉の真意

ノーサイド ユーミン

この項目では、松任谷由実のアルバムについて説明しています。 アルバムの表題曲については「」を、その他の用法については「」をご覧ください。 『 NO SIDE』 の リリース 時間 45分5秒 チャート最高順位• 週間1位()• 度年間6位(オリコン) アルバム 年表 () NO SIDE (1984年) () 『 NO SIDE』(ノーサイド)は、の16枚目のオリジナルアルバム。 にからリリースされた(:ETP-90310、:ZH28-1470)。 1984年からまで、『YUMING BLOOD』全国コンサートツアーが行われた。 1985年に初化(CA32-1142)。 にのブックレットを復刻し、によるで音質を大幅に向上したリマスタリング(TOCT-10649)と(TOJT-10649)をリリース。 解説 [ ]• タイトルの「」はの「試合終了」を指す用語。 テーマは「Watch me」。 考案によるユーミンマーク(YとMとIを合成したもの)は『』から使われ、このアルバムでは前面に押し出している。 アートワークはが手がけた。 インナースリーブ内で着用していたの服はユーミンの私服であるとラジオで語っている。 1985年の優秀アルバム賞を受賞。 このアルバム以降、1997年の『』まで、マット・フォージャーをとして起用している。 収録曲 [ ] CD [ ] 全作詞・作曲: 松任谷由実、全編曲: 松任谷正隆。 タイトル 作詞 作曲・編曲 時間 1. 「 SALAAM MOUSSON SALAAM AFRIQUE」 松任谷由実 松任谷由実 5:35 2. 「 ノーサイド -No Side- 」 松任谷由実 松任谷由実 4:45 3. 「 DOWNTOWN BOY」 松任谷由実 松任谷由実 4:03 4. 「 BLIZZARD」 松任谷由実 松任谷由実 4:33 5. 「 一緒に暮らそう -Let's Move In Together-」 松任谷由実 松任谷由実 3:29 6. 「 破れた恋の繕(なお)し方教えます -Abracadabra-」 松任谷由実 松任谷由実 4:39 7. 「 午前4時の電話 -A 4am Phone Call-」 松任谷由実 松任谷由実 4:08 8. 「 木枯らしのダイアリー -Diary Read By the Cold Wind-」 松任谷由実 松任谷由実 5:05 9. 「 SHANGRILAをめざせ -Let's Go To the Shangrila-」 松任谷由実 松任谷由実 4:23 10. 「 〜ノーサイド・夏〜空耳のホイッスル -Thought I Heard the Whistle-」 松任谷由実 松任谷由実 4:19 楽曲解説 [ ]• SALAAM MOUSSON SALAAM AFRIQUE(サラーム モンスーン サラーム アフリーク) を舞台にした、「」「」「」などのフレーズが登場する曲。 タイトルチューンで、文字通りの試合終了後の感情を歌った歌。 ・ビデオテープスーパーHG HiFi CMソング。 DOWNTOWN BOY タイトルと詞の内容から分かるように、この曲はの「」の世界を、の女性の視点から描いたである。 富士フイルム・ビデオテープスーパーHG HiFi、・、・〜開通のそれぞれCMソングに起用。 アルバム発売CMにも使われた。 また、にがカヴァー。 BLIZZARD をテーマにした、ユーミンの冬の定番曲のひとつ。 『』劇中歌。 三菱自動車工業・「Catch The Winter」キャンペーン(が出演)、には映画『私をスキーに連れてって』公開と発足30周年の記念企画として、同社が展開しているキャンペーン「」のCMソングにそれぞれ起用された。 一緒に暮らそう 年末の忙しい時期を舞台にしたソング。 イメージはの「玉川ソニープラザ」(現・)。 破れた恋の繕(なお)し方教えます をモチーフに取り入れたナンバー。 曲の内容は、昔の彼とヨリを戻そうとして、あの手この手のを使うというもの。 がカヴァー。 午前4時の電話 別れた恋人がをしてくるという設定の恋愛ソング。 木枯らしのダイアリー をモチーフにした失恋の歌。 SHANGRILAをめざせ のちに超大型ライブ「ユーミンスペクタクル・シャングリラ」シリーズのテーマソングになることとなる、ユートピア探求を歌った曲。 〜ノーサイド・夏〜空耳のホイッスル ・ビデオテープスーパーHG HiFi CMソング。 詞の中に「老人」のフレーズが登場、この曲が「青春の日々がどれだけ掛け替えのないものか」を示している。 前述の2013年12月1日の早明戦後のセレモニーで、「ノーサイド」の歌唱に先駆けて「すべてのラグビーにささげたい」と話して、本曲の歌詞の朗読を披露している。 参加ミュージシャン [ ]• キーボード:• ドラム:• ベース:、• エレクトリックギター:、• アコースティックギター:• パーカッション:、• サキソフォン:• トランペット:• トロンボーン:• ストリングス:前田ストリングス• ハーモニカ:Tom Morgan• コーラス : 松任谷由実、、桐ヶ谷仁、桐ヶ谷"Bobby"俊博、、、瀬戸龍介、、A. Denise Mirchell• シンセサイザープログラミング: 脚注 [ ] 注釈 [ ] [].

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松任谷由実はラグビーファン?紅白で歌うノーサイドを作った理由と評価!

ノーサイド ユーミン

白状すれば、本稿執筆時、2019年、忘れがたきラグビーの年の大晦日を迎えていない。 ユーミン、紅白歌合戦で『ノーサイド』を歌う。 だから、そうキーボードを叩くのが少しだけこわい。 もし、容易ならざる大事が起きて、たとえば松任谷家で飼っている熱帯魚に餌をやり忘れて、本番を前に本人があわてて帰ってしまうといった事態が発生したら……。 ま、それはないだろう。 そこで「ノーサイド」について考えたい。 まず松任谷由実の『ノーサイド』から。 1984年12月1日にリリースのアルバム『NO SIDE』に収録されている。 長いリーグの最終戦、おそらくは学生生活で最後であろう試合のゴールを「彼」は外した。 その心情の行方と来し方、内面の景色のありさまを知りたいと願う「私」は観客の去ったスタジアムにひとり残ろうとする。 なんて解説はどうでもよい。 ユーミンが、ラグビーを歌にして、ラグビーを歌った。 ラグビー好きはあたかも自分がえらくなったみたいに喜んだ。 モデルの存在がささやかれた。 大分舞鶴の15番、福浦孝二は決まれば同点優勝のゴールを失敗、天理に敗れた。 そのシーンとは確かにイメージがかさなる。 個人的には疑っていた。 なぜか。 酒場のラグビー好きの某主人が麗美というシンガーのファンだったからだ。 沖縄の宜野湾生まれ。 そこに『ノーサイド』は収められている。 もともと提供用の楽曲であって、遅れてセルフカバーしたのである。 いずれにせよ、高校決勝からすぐの発売、やはり、もう少し前に完成していたはずだ。 ちなみに、その主人はいつも言う。 「麗美の歌声のほうが滑らか。 きれい。 でもラグビーには、ちょっとゴツゴツしたような大人の声が合うんだ」。 ユーミンに一票。 歌がある。 長い年月を経る。 錆びつくのは時代に迎合する形容や描写である。 心の動きは腐食しない。 『ノーサイド』が世に出たころ、ラグビーは人気だった。 ブームと記してもよい。 でも松任谷由実のこの作品はラグビーに近寄るのではなく、ちょっと突き放すように光景と心情をすくいとった。 ラグビーの側が曲に引き寄せられた。 「枯れた芝生の匂い」 そんな一節が見つかる。 現在は人工芝を含めて多くのグラウンドは青々としている。 けれども寒くて白く乾いた膝頭に「枯芝」のくっつく硬い感触を老若男女が想像できる。 息の長い名曲とはそういうものだ。

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『ノーサイド・ゲーム』特別版、突然流れたユーミン楽曲に賛否 「雰囲気が壊れる」の声も(リアルライブ)

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いま思えば、それらも皆自分を育ててくれたこととして捉えることもできますが、そのときは来る日も来る日もエンドレスにやることが押し寄せてくることにくたびれていました。 ベトナムのベトちゃんドクちゃんがニュースで話題になっていたことも知らずに、生徒に「いま、みんな知ってることだよ~」と驚かれたのを覚えています。 恥ずかしかったからです。 アイロンのかかってないハンカチを使っていて「先生アイロンくらいかけなきゃダメじゃん、お嫁に行けないよ」なんて心配されたこともあります。 ニュースも見なければ、流行にも疎くて、狭い世界で必死にもがいていました。 ですから、その頃流行ったドラマや歌など、私の歴史からは落っこちてしまっています。 ユーミンのこの曲も生徒が教えてくれました。 私が教師として経験した何回目かの合唱祭の曲として生徒たちが選んだことで知った曲でした。 ノーサイド 作詞・作曲・歌 松任谷由実 彼は目を閉じて 枯れた芝生の匂い 深く吸った 長いリーグ戦しめくくるキックは ゴールをそれた 肩を落として土をはらった ゆるやかな冬の日の黄昏に 彼はもう二度とかぐことのない風 深く吸った 何をゴールに決めて 何を犠牲にしたの 誰も知らず 歓声よりも長く 興奮よりも速く 走ろうとしていたあなたを少しでもわかりたいから 人々がみんな立ち去っても 私ここにいるわ 同じゼッケン誰かがつけて また次のシーズンを駆けてゆく 人々がみんなあなたを忘れても ここにいるわ 人々がみんな立ち去っても私 ここにいるわ 昨年五郎丸選手などの活躍で、ラグビーは今までにない程の脚光を浴びましたが、「ノーサイド」とはラグビーで試合終了のことです。 もはや敵味方はないよという、闘い終わって互いの健闘をたたえあう意味があります。 倒されても倒されても何度も立ち上がる選手たち、「ONE FOR All, All FOR ONE 」の精神で、泥と汗まみれになった選手たちのすがすがしい姿を思い描くことのできる美しい言葉です。 ユーミンは私がいるここから近い八王子の出身です。 荒井呉服店がご実家です。 彼女の独特なファッションセンスはそのことと無縁ではないと思います。 多摩美と呼ばれる芸術方面で活躍する方たちを生みだした八王子にある大学で染色を学んだそうです。 次女が成人を迎える前だったか、「振袖はお任せください」と荒井呉服店の宣伝の方が訪ねていらっしゃいました。 既に用意したものがあったので残念ながらご縁はなかったのですが、ちょうど「春よ、来い」が震災の復興でまた注目されていた時でした。 「また活躍させていただいてます」とお店の方がおっしゃっていたのが印象に残っています。 「乙亥(きのとい)」の日干をユーミンは持っています。 水をあらわす「亥」がご主人の位置となります。 お花である「乙」を育てる「亥」という「水」が松任谷正隆氏であり、実際に正隆氏は「癸(みずのと)」の雨の水の方です。 お花に優しく降りそそぐ雨の水を得て、ユーミンは荒井姓から松任谷姓となってもずっとずっと活躍しているのでしょう。 ユーミンは1月19日生まれ、正隆氏は11月19日生まれ。 数字の並びも面白い関係がありそうです。 この世界、まだまだ奥が深いです。 今日もおつきあいいただきましてありがとうございました。

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